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夏は謎
-20- 縁結びか
翌日は金曜日だった。
風のない晴れた日で、会社のユニフォームだとちょっと暑かった。 木元家の前に回る順番の家で、フレブル(フレンチ・ブルドッグ)を散歩させた後、オプションで洗犬までやったので、更に暑苦しくなった。
やだなぁ、今日はツバサの君と会う予定なのに──スクーターで飛ばす間に、顔や首筋の熱気は消えたが、汗くさくなってるんじゃないかと気になって、敏美は木元邸に停車するとすぐ、自分の肩のあたりをクンクンした。
朝シャンとデオトラントのおかげで、まだ肌には仄かにミントの香りが残っていた。 汗の臭いはしないようだ。 敏美は胸を撫でおろし、元気よく玄関へと向かった。
引き戸の前に立ったとたん、まだ何の動作もしないうちに、戸が開いた。
中の三和土〔たたき〕に翼が立っていた。 紺色の作務衣を着ている。 茶色よりキリッとして、印象的に見えた。
目が合うと、彼は飛びつくように戸を大きく開け放ち、敏美を招き入れた。
「スクーターの音聞こえた。 さあ、入って」
「サンキュ」
敏美は少しはにかみながら、素早く中に足を踏み入れた。
上がり口にはもう由宗が待っていて、二人を交互に見て小さく足を踏み鳴らし、散歩の催促にかかっていた。
暗い廊下の端に、光が射した。 客間のドアが開き、佐貴子が姿を見せたのだ。
だが、いつもと違い、車椅子を操って玄関まで出てこなかった。 ただ、か細い声だけで呼びかけてきた。
「菅原さん?」
「はい。 こんにちは」
「いらっしゃい。 翼が待ちかねてたわよ。 一緒に散歩に行ってやってね」
「あ……はい」
なんだか、交際しろと背中を押されてるみたいだ。 敏美はまた顔が熱くなるのを感じて、思わず頬を押さえた。
その日は一応晴れていたが、風が強く、空を雲が羊の群れのようにあちこち移動していた。
リードを短めに持って黙々と歩く敏美の心を読み取ったように、翼が口を切った。
「グーちゃんは、勝手に心配してるんだ。 オレが理科系で、職場にも女の子が少ないから、なかなか相手を見つけられないんじゃないかって」
「そんなことないでしょう」
本気で敏美は驚いた。
「ツバサの君は人見知りしないじゃない? しゃべり方も明るいし。 そういう男子って、女の友達多いよね、ふつう」
複雑な表情で、翼は敏美を見返した。 そして言った。
「グーちゃんの前でその呼び名は止めてくれよ。 大喜びで言いふらすに決まってるから」
「人前で呼ぶわけないじゃん。 ヒミツの暗号みたいなもんだもの」
そうなのだ。 ほのかな憧れめいた感情が、その呼び名には篭められていた。 口を開けば気さくな若者だけれど、黙っていると彼はきりっとしていて、見とれてしまうほど凛々しいのだから。
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