表紙 目次 文頭 前頁 次頁
表紙

夏は謎  -19- 意識して





 そのファミレスで、敏美は初めて翼の職業を知った。
 彼は、けっこう名の知れたカメラメーカーの企画開発課にいるのだという。 クラシックな顔立ちからは連想しにくい、まさに現代的な職場だった。
「いいとこ勤めてるね〜」
 敏美は感心した。 すると、翼は複雑な顔をした。
「雰囲気合わない?」
「そんなこと」
「一応理工系なんだ」
 Aカメラに入れたのなら、優秀なのだろう。 だが、翼は構えたところがなく、自然体だった。 ほのぼのしているといってもいい。
 敏美は、ますます彼の人柄に好意を感じた。


 翼は、会社の帰りに大抵この道を通ると言った。
「時間はまちまち。 残業けっこう多いから」
「やっぱり?」
「下っぱはコキ使われるよね」
「だよねー」
 グチを言い合ったところで、二人はなごやかに席を立ち、駐車場へ行った。
「乗せてってあげたいけどな」
 青いホンダに乗り込みながら、翼がソフトに言った。 敏美もスクーターのキーを外しながら優しく答えた。
「また今度ね」
 とたんに翼が窓を開けて顔を出した。
「ね、決まった休みってあるの?」
 シートに腰を下ろそうとしていた敏美は、瞬きしながら顔を上げた。
「うん、土曜の午後と」
「午後と?」
「日曜のお昼まで」
「うわ、ニッチだな、その休み方。 日曜の朝なんて寝坊タイムだろ」
「そうね」
「どっか行けるとしたら、土曜だな」
 翼は眉間に皺を寄せて、考えはじめた。
 敏美はなんとなくドキッとした。 もしかして、デートを考えてるんだろうか。
 驚いたことに、突然顔が熱くなってきた。 これまでそんな覚えは一度もない。 男の子なんて学校にいくらもいたし、職場にも若くてちょっと格好いい人がいる。 でも、頬が赤くなるなんて、そのうえ鼓動が倍ぐらいに跳ね上がるなんて思いは、したことがなかった。
 敏美はすっかりうろたえて、荒っぽいぐらいの勢いでエンジンをかけた。 彼女が出てしまいそうなのを見た翼は、すばやく大きめの声をかけた。
「明日グーちゃんのところへ行くよ。 午後に会おう!」









表紙 目次前頁次頁
背景:月の歯車
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送