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夏は謎  -18- 呼び名は




 かにスパゲティ添えチキンライスを口に運びつつ、敏美はいろいろ考えた。
 サを一つ省略してつばさん……いや、唾さんみたいでまずい。
 つばさくん、じゃ威張って聞こえる。
 そうだ、初めて会ったときの服装から考えて。
 敏美は顔を上げ、にこにこして尋ねた。
「この前、作務衣〔さむえ〕着てたよね?」
「ああ」
 急に話題が変わったので、翼はいぶかしげな表情になった。
「普段はよく着るの?」
「いや、あれはグーちゃんの命令。 っていうか、依頼。 あれ着てると、じーちゃんが生き返ってきたように見えるんだって」
 なるほど〜。 着物襟だからな〜。
 懐かしい恋の思い出にひたる佐貴子夫人の心を思って、敏美はほほえましくなった。
「グーちゃんが取り寄せたのを、オレに渡して、あの家に来るときは必ず着ておいでって言うんだ。 マネキンみたいなもんだな」
「似合う」
 敏美は保証した。
「そう?」
「うん。 それで思いついたんだけど、翼の君っていうのはどう?」


 聞いた瞬間の翼の表情は見ものだった。
 あっけに取られて、顎ががくっと落ちた。
「君〜〜?」
「うん」
 爆笑しないよう、敏美は必死に表情筋を引き締めた。
「それ、時代劇ってより、源氏物語」
「でも、顔に似合ってると思う。 こういう高い帽子を被ったらすごく合う」
「あれ確か、烏帽子〔えぼし〕っていうんじゃなかった?」
「知らない」
 二人は目を見合わせて、小さく吹いた。


 それから話は発展して、妙に活気が出た。
 翼はグーちゃんにいろいろ聞いて、伝統のあれこれに詳しいらしく、自分が君〔きみ〕ならそっちは『方〔かた〕』と呼ぼう、と言い出した。
「敏美の方。 なかなかいいんじゃね?」
「えー、なんかオバっぽい」
「いや〜、優雅だよ。 そうしよ」
 なんとかの方、というのは、よその奥様に使われた呼び方なのだが、二人はどちらもそこまでは気づかなかった。









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