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夏は謎  -12- くつろぐ




 年は八十近くても、青春を迎えたのは戦後だから、デートは普通にできたらしい。
「ま、私たちの頃はデートとは言わなかったけどね」
「何て言ってたの?」
「そうねぇ、待ち合わせとか、ちょっとふざけてランデブーとか」
 なんだランデブーって。 走る太め?
妙な顔になった敏美を見て、勘のいい伊都子はすぐ悟ったらしい。 コロコロと笑い出した。
「ランデブーって、フランス語なの」
「へぇ、イッコさんの時代はおフランスがかっこよかった?」
「あら、もっと前からよ。 日本って戦争前からモダンだったのよ。 洋画の封切館があちこちにあって、シャンソンが流行ってたし、バレーやピアノ習ってる子も沢山いたし」
 シャンソンなら聞いたことがある。 どんな歌かはよくわからないが。
「なつかしい?」
 そっとようかんをもう一切れ取りながら訊いてみると、伊都子はちょっと上目遣いになって考えてから、残念そうに首を横に振った。
「そうでもないわ。 初恋は実らなかったから」


 雨が小降りになった三時過ぎ、母の絹世が賑やかに帰ってきた。 花の作り方を教えてくれた友達が、ついでに送ってきたようだ。
 玄関前に立ってしゃべっている声を聞き取って、リビングのソファーでテレビに番組表を出していた勇吾が唸った。
「うっせーな〜。 早く入ってこいって」
「近所付き合い。 いざというときの情報源」
「ケータイとモバイルがあれば、他はいらねーの」
 無線文化の申し子のような勇吾は、姉にそう言い放ち、テレビの大型画面からセリエAのサッカー中継を選んだ。
「おうおう、また球蹴りか〜」
 椅子に丸まった敏美が嘆くと、勇吾の中指が立った。
「ほっとけ。 嫌ならイッコさんの部屋で見りゃいいじゃん」
 そこへ、雨のかかったジャケットをタオルで拭きながら、絹世が登場して、派手な声を発した。
「やだ、サッカー? だめだめ! ドラマの録画を敏ちゃんと見るの」
 勇吾はリモコンを放り出して、ギョッとなった。
「まさかあの、セックス何とかいうやつ?」
「セックス・アンド・ザ・シティ。 題はともかく、そんなにヤラシいんじゃないんだから」
 敏美がとりなしたが、勇吾は尻に火がついたように立ち上がって、伸びをしつつ逃げていった。
「うー、チャリでモノホンのイヤラシ系借りてくるぞー!」
「まだダメじゃない」
 とたんに勇吾は自慢げに振り返った。
「もういいんだもんね。 オレはもう十九。 忘れたかな〜?」







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