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夏は謎  -10- 実家では




 敏美は急いでいたが、仕方なくかがみこんでスクーターをじっくり目視点検した。
 乗り物には、特に変わった様子はなかった。 ブレーキにも異状はない。 犬の散歩に出ている間に、誰かが動かしたにしても、悪さをした形跡は見当たらなかった。
 でも、敏美は不愉快だった。 当然だ。 人の車を無断で触るなんて!
 今回は持っていかれないでよかったが、丸ごと持ち上げて盗んでいく、今流行りの窃盗団にでも目をつけられたら大変だ。 次からは、ワイヤーで玄関の外柱にでも留めておこう、と決めた。




 敏美は、世田谷営業所のペットシッターとしては一番人気で、なかなか休日が取れなかった。
 だから自然と、変則的な休み方になった。 土曜日の昼から日曜日の午後一時まで、という中途半端なものだ。 この二日間にまたがった休日を、敏美はふつう、買い物と実家帰りに当てていた。


 その週、休み前半の土曜日は大雨だった。
 敏美は買い物をあきらめ、早めに実家へ戻ることにした。
 帰郷というには近すぎる。 実家は埼玉県にあるのだ。 東武伊勢崎線で北上して、南栗橋駅で下りる。
 栗橋町は合併して、つい三ヶ月前に久喜〔くき〕市となってしまったが、昔から交通の要衝として長い歴史を持つ町だ。
 といっても、敏美の一家は昔から住んでいたわけではなく、父の仕事の関係で十五年ほど前に引っ越した新住民だった。
 大きなビニールバッグをぶっちがいに二つ肩にかけて、敏美は午後三時過ぎにバスを降りた。 広い道路には住宅が並び、ところどころに水田があって見通しが利くようになっていた。
 敏美の実家は、真っ白な木材を横張りした、コロニアル風のバルコニー付き二階建てだ。 伝統建築の木元家とは対照的に、手入れが行き届いていて明るく、薄暗い雨の午後でも光って見えた。
「ただいまー」
 画像の出るインターフォンがあるのに、敏美は白いドアを平手で叩いて、大声で呼んだ。 すると、間もなく中からドアがパッと開き、弟の勇吾〔ゆうご〕が顔を突き出した。
「おっ帰り〜」
「ん? お母さんは?」
「友達んとこ。 ダリアの育て方を教わるんだってよ」
「ああそう」
 母の絹世〔きぬよ〕は、最近ガーデニングに凝っている。 最初は苗を買って玄関先を飾るだけで満足していたが、今では望みが高くなって、庭を夏咲きの球根草花できれいに色分けするという野心を持ち始めた。


 家に入るとすぐ、敏美は洗面室に入って、大型の洗濯機にバッグの中身を放り込んだ。
 ぶらっとついてきた勇吾は、ポッキーをかじりながらのんびりと言った。
「普通わざわざ持って帰るか? 近場のコインで洗っちゃえよ」
「お金かかるじゃん。 こっちも乾燥してくれるし、黴菌の心配もないし」
 バッグの中身全部を洗濯槽に入れたところで、敏美は弟の口からぶらさがったポッキーに気づいて、手を出した。
「はい」
「え?」
「だから、分け前」
「自分で買えよ〜」
 そうぼやきながらも、勇吾は尻ポケットから箱を抜き取り、ザラッと姉の手のひらに空けた。







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背景:月の歯車
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