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夏は謎  -7- 彼と散歩




 なるほど、この人が日曜日の散歩係なのか──敏美は心のどこかでホッとした。 佐貴子はいつも、敏美が来るのを待ちかねていて、時間オーバーでも引きとめようとする。 そんな佐貴子を見ていると、人恋しさが感じられて、つい十分か十五分は話し相手をしてしまう。 そのため、次の仕事に遅刻しそうになることが、たびたびだった。
 立派だがすっかり古びた屋敷と同じように、女主人もよく動けなくなってからは世間に取り残されて、孤独を噛みしめているのではないかと、ずっと思っていた。
 でもそれは考えすぎだったらしい。 佐貴子には若い孫がいて、毎週やって来ているのだ。 しかも、祖母をグーちゃんと仇名で呼ぶほどの仲のよさだ。 今の時代では、むしろ幸せなほうかもしれなかった。


 外はうまい具合に薄く雲が出ていて、朝からの暑さが和らいでいた。
 翼がのんびりと玄関で靴を履くところをチラ見したら、派手なエメラルドグリーンと白のスニーカーをつっかけていた。 昔風の作務衣とはまったく合わない。 渋いおしゃれで着ているのではないようだった。


「じゃ、どっち行きます?」
 四つ角まで行ったところで、礼儀上訪ねると、翼は左右を見て、穏やかな口調で言った。
「等々力渓谷行く? もし君がいいなら」
 後半の言い方が気に入った。 決断力はあるが、強引ではないらしい。 彼に逢ってから初めて、敏美は本物の笑顔になった。
「そうしますか」
「そうしましょう。 な、由宗?」
 声をかけられた由宗も、嬉しげに口を開けた。 まだ二十メートルほど歩いただけだが、柴犬には高い気温らしく、すでにハーハー言い出していた。
「こいつ、暑さに弱くて。 七月になると、こっちが何もしなくても渓谷のほうへグイグイ引っ張っていくんだ」
 おとなしい由宗の頭を撫でながら、翼は説明した。


 車の行き交う大通りでは、あまり匂いをかがずに直進する由宗だが、静かな渓谷沿いの小道に入ると、俄然野性的になって、あちこちに注意を向け出した。
 小用は家の裏庭でもやっている。 しかし、用便は外でするようにしつけてあるので、それが済むまで、敏美は翼と話を交わしながらも、活発に動き回る由宗から目を離さなかった。
「君が来てから、グーちゃん明るくなったよ」
「そうですか?」
「我慢強いんでしょ。 百年ぐらい前の話聞かされても、ちゃんと聞いてやるんだ」
「歌舞伎の、とか」
「そうそう。 婿さんを顔で選んだ人だからね」
 ほお、佐貴子さんの方が選んだんだ。
 敏美はますます嬉しくなった。





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