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夏は謎  -5- 生き写し




 敏美はすぐ、上半身をねじって振り返った。
 そして、目を見張ったまま動けなくなった。


 台所の板の間は、奥まで伸びて別の小部屋に続いている。 敏美はそこまで入ったことがなく、どうなっているかよく知らないが、たぶん食品庫に使われているらしかった。
 その部屋のドアが開いて、男が立っていた。
 台所に射しこむ間接光が、彼の顔を柔らかく彩り、すっきりした頬の線と艶のある眼を際立たせていた。
 彼は、とてもハンサムだった。 無造作にくしゃっとなった髪が、長めの顔立ちによく似合っている。
 だが、魅入られたように彼を見つめる敏美の足は、すくんでいた。 均整の取れた美貌に感心するゆとりなんか、かけらもなかった。


 敏美の心に渦巻いている言葉は、ただ一つ。
──うわっ、これって……これって、ユーレイ……!?──


 敏美は目を丸くして彼を見つめ、彼のほうも見つめ返した。
 どちらも無言で三秒ほどが経過した。
 それから男が、無造作に髪を掻きあげると、ぼそっと訊いた。
「菅原さん?」
 若々しい声は、現実そのものだった。 エコーはかかっていないし、地の底から響いてくるようなおどろおどろしさもない。
 敏美は我に帰って口をあけたが、まだ相当怯えていたためか、第一声がとんでもないものになった。
「やだ、そっくりさん?」


 男は二度パチパチと瞬きし、急にリラックスして、笑いになりきらない中途半端な表情に変わった。
「ああ、ピアノの写真だろ?」
「……そう」
 この人、生きてるんだ──半分納得したものの、敏美はまだいくらかびびっていた。 なぜなら、相手は茶色の着物襟の上下を着ていたからだ。 たしか作務衣〔さむえ〕とかいうやつだ。 こんなクラシックな衣装を二十代前半の若者が着ているのは、居酒屋のバイトぐらいしか見たことがなかった。
 彼は無造作に近づいてきて、由宗がきれいに完食した後のボールを拾い、流しに載せた。
「たしか、菅原さんだよね? 何とかペット屋の」
「はい、宮坂ペットセンターです」
 敏美は慌ててシャンとした姿勢を取り、胸にピンで留めた身分証がよく見えるようにした。
 わずかに目を細めて証明を観察した後、彼の笑顔が本格的になった。
「こんちは。 オレ木元。 あ、この家の孫なんだから当然木元か。 木元翼〔きもと つばさ〕」






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