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夏は謎  -3- 写真の男




 二枚の写真に写っている男性は、よく似ていた。 年代が違うから、親子か兄弟だろうか。
 敏美が木元家の担当になってから、だいたい一ヶ月。 佐貴子に気に入られて、客間でのお茶に呼ばれるようになってからは三週間だ。
 その間、ピアノの写真が妙に気になった。 そろそろ訊いてもいいだろうと思い、佐貴子の話が途切れたとき、敏美はピアノに視線を置いて、さりげなく切り出した。
「あの写真の人、美形ですね〜」
 つられて振り返った佐貴子は、二秒ほど写真立てに目を据えていた。
 それからゆっくり姿勢を戻し、受け皿の上に繊細な花模様の紅茶茶碗を慎重に載せた。
「五代目のこと?」
 なーんだ、菊五郎とかいう昔の歌舞伎役者のスチールなのか──敏美はちょっとがっかりした。
 そのとき、低く噴き出す声が聞こえた。 佐貴子が下を向いてクスクス笑っていた、
「冗談よ。 顔が似てるから、そう呼んでただけ。 いくら私が年寄りでも、明治の名優をじかに見たことなんてないわよ」
 つられて、敏美も笑顔になった。
「そっか。 そうですよね〜」
「そうよ。 あれはね」
 佐貴子の切れ長な眼に、懐かしげな光が宿った。
「うちの亭主」


 なるほど。
 まあ、普通そうだろうな〜。
 ちょっと意外な気がするのは、今の佐貴子夫人が美人とはいえないからだった。
 いや、正直言って、若い頃でも綺麗だったとは思えない。 顔は角張っているし、眼も冴えない。
 それでもご主人と仲良かったみたいだな、と敏美は思い、嬉しくなった。 佐貴子夫人は、写真に注目されて喜んでいるようだ。 きっと結婚生活が幸せだったのだろう。
 勢いを駆って、敏美はもう一押しした。
「じゃ、隣は息子さん?」
 佐貴子は大きく頷いた。
「そう。 光方〔みつかた〕よ。 父親似でしょ?」
 敏美は、注意してアロハシャツの写真を観察した。
「口と顎がお母さん似みたいな」
「あら」
 佐貴子は目を丸くした。
「そんなこと言ってもらったの初めて。 へえ、本当?」


 その日の帰り、敏美は佐貴子自慢のおいしい手製クッキーとマドレーヌを、紙袋一杯もらって帰った。





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