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表紙

戻れない橋  86 写真撮影で


 レストランでの結婚祝は、上等なものを少しだけ食べる、ということにした。
 ただし、その決まりを守ったのは若い連中だけで、古藤の両親は心おきなくパクパク詰め込んだ。
「だって私たちはオナカがぽこんと出たって構わないもの。 幸せの絶頂の花嫁さんたちと違って、写真うつりなんか気にしないもんね〜」
「そんなこと言ってると、家族写真で前に立ってもらうかもよ」
「主役を差し置いて? まさかね。 カメラマンさんに追っぱらわれるわよ」
 母は豪快に笑い、父とうなずきあった。
 気の合った家族を、千早が憧れの眼で見ていた。 夢見るように眺めている妻に気づいて、望月がそっと囁いた。
「俺達の子供が結婚するときのことを考えてるの?」
 千早は思わず笑い、夫の膝を軽く叩いた。
「それはさすがに。 たぶん二十年は先だし。 でも、こんなふうになれるといいわね」
「うん」
 ゆっくりとうなずきながら、望月は膝に乗った千早の手を持ち上げて、ぎゅっと握った。


 昼食の後は、カメラマンの新田義輝の待つスタジオへと向かった。 新田は穏やかな馬のような顔をした男性で、大柄なのにすいすいと動き、器用そうだった。
 声も静かで、大声で指図などしない。 それでいて説得力があり、被写体になった六人は自分たちで気づかないうちに、よく訓練された鼓笛隊のようにあっちへこっちへと動かされていた。
「はい、そこです。 顎を心持ち上げて。 花嫁さんは二センチほど体を斜めにして」
 二センチって……。 亜矢が顔をほころばせると、新田は満足げに手を上げた。
「いいですね、リラックスしてきた。 それでいいですよ」


 打掛けをまとった千早は、見る人が息を呑むほど美しかった。
 だが、純白のウェディングドレスを来た亜矢も、まったくひけを取らなかった。 小さめのパフスリーブ(ちょうちん袖)で、襟ぐりはあまり大きく開けず、肩から斜めに散らした白いレースの花が、裾に届くまでウェストとスカートをゆるやかに巻いていくという、上品な中に清楚な華やかさのあるドレスだった。
「長所を伸ばす服装をすれば、美しさが最大限になる。 お二人ともそのお手本だ」
 新田は伝統の大型カメラと高級デジカメの両方で手際よく撮影し、デジカメのほうの写真をその場で印刷して見せてくれた。
「いい表情でしょう? こっちまで嬉しくなる」
「ほんとに」
 亜矢の母あずみは、じっと娘夫婦の写真に見惚れていた。
「これ、私達にもいただけますか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 夫妻は声を揃えて礼を言った後、頭を寄せてまた見入った。
「夢が叶ったね、お父さん」
「ああ、嬉しい。 ちょっと寂しくもあるけど」
 新田もご機嫌で、伝統カメラのほうの画像は大きく引き伸ばして額に装丁しようと、五十嵐と話し合っていた。









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