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表紙

戻れない橋  85 公式な結婚


 準備期間の日々は飛ぶように過ぎ、あっという間に二月が来た。
 ニッパチ(二月・八月)は消費が減るという。 だがハーフムーンの場合デザイン関係なので、春・夏の行事や催し物などの準備のため、むしろ注文の増える時期だった。
 五十嵐も、そして望月も、鬼のように働いた。 もともと責任感の強い二人だったが、これからは家族の幸せも守らなければならない。 会社の未来は、これまで以上に大切なものになっていた。


 三月に予定した式に、亜矢はプリンセスラインのドレスを着ることにした。
 千早はあの後、夫の望月と相談してから、写真撮影に参加させてもらうと言って来た。 彼女は和服にするらしい。 妻のおめでたを知った望月はとても嬉しそうで、足が短いのを袴〔はかま〕でごまかせるから助かる、と冗談を飛ばしていた。
 この二人は貸衣装を予約して、わりと気楽にしていた。 でも亜矢はウェディング・ドレスだけでなく、披露宴の特別なデザインの服もあり、何度も仮縫いに通った。
 それは楽しい作業だった。 どちらも美しい服で、おまけに披露宴用には特別な仕掛けがある。 作るほうも面白がって、ちょっとした工夫を加えたりしていた。


 五十嵐と亜矢が発送した招待状には、ほとんど全員が出席すると返事してきた。 となると、得意先や仕事仲間も入れて、相当な人数になることがわかった。
「百人を越えるの〜?」
「そういうことになっちゃったな。 もっと減ると思ったけど、みんな意外と好奇心が強い」
「皆さん大切だよね。 お友達も、取引相手の人たちも」
「うん、この人数だと、もう一段階大きいホールを借りたほうがいいかもな」
「そうね」
 ということで、急遽披露宴会場の予約を変更する羽目になった。 中ぐらいの大きさの広間が、当日に空いていたのが幸いだった。


 結婚当日は、披露宴より一週間前だった。
 亜矢は母が買ってくれたスーツを着て、五十嵐と共に市役所に行き、婚姻届を提出した。
 それから直通で、両親と望月夫妻の待つレストランに向かった。 晴れていたが気温の低い日で、車の中で亜矢はできるだけ、運転している五十嵐に体をすり寄せていた。
「係の人、親切だったね」
「人生の門出を祝う仕事だからな」
「今日から私、五十嵐さんなんだ」
 ミラーに映る五十嵐の口元がほころんだ。
「五十嵐亜矢──合うね。 古藤亜矢もよかったけど」
「今、コドちゃんって呼ばれてるでしょう? これからどうなるのかな」
「やっぱりコドちゃんのままじゃない? それでいいと思うよ」
「じゃ、悠さんもコドちゃんと呼ぶ?」
 五十嵐は喉の奥で笑った。









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