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表紙

戻れない橋  84 相性が良く


 初め、千早はあまり乗り気ではなかった。 波谷との式が贅〔ぜい〕を尽くしたもので、ウェディングドレスも豪華そのものだったのが、逆にトラウマになったらしい。
「晴れ着はもう、どうでもいいの。 ボロは着てても心は錦〔にしき〕っていうでしょう?」
「うわ、どこでそんなことわざ仕入れたんだ?」
 千早は真面目に思い出そうとした。
「えぇと、たしか演歌の歌詞よ。 誰だったか……」
「水前寺清子だよ」
 工務店の主人が演歌好きだったので、こういうことは五十嵐のほうが詳しかった。
「でもさ、心も姿も錦ってことでいいじゃない? 親の綺麗な結婚写真があると、子供が喜ぶって聞いたよ」
 息を吸う音が伝わってきて、その後に驚くべき言葉が続いた。
「え? どうしてわかったの?」
 今度は五十嵐が驚く番だった。
「は? なに? 子供のこと? ……それって、もしかして」
「わあ」
 そう言ったきり、千早は相手が我慢できなくなるほど黙っていて、五十嵐が促すと、ようやく口を開いた。
「ルリちゃん、死んじゃった?」
「そうじゃなくて」
 ただでさえ細い声が、はにかんだためにいっそう震えた。
「さっき分かったばかりなの。 だからびっくりしちゃって。 ねえ、もしかして悠ちゃん霊感あった?
 予定日は九月の終わりだって。 話すのは悠ちゃんが初めてよ」
「うおぅ」
 五十嵐はおごそかに言った。 本当に感動していた。
「おめでとう、おれも凄く嬉しい」
「ありがとう」
「望月には、あいつが帰ってから話す?」
「そうしたい。 だから黙っててね」
「わかった。 じゃ、なおさら写真撮ろうよ。 太めになってから、あぁ、あのとき撮っとけばよかった〜、もう衣装が入らない、って後悔する前に」
 くすくす笑いが響き、最後に明るい声が締めくくった。
「悟さんと相談してみる。 じゃ、また明日ね」


 電話を終えた後、五十嵐は知りたくてうずうずしていた亜矢に、詳しく話した。
 亜矢は手を打って喜んだ。
「うわっ、よかった! 赤ちゃんめちゃめちゃ可愛いでしょうね」
 五十嵐は考え込むふりをした。
「どうかな〜。 女の子で望月に似たら」
「それでも可愛いよ。 望月さん優しい顔だもの」
 亜矢は譲らなかった。
「男の子で千早さんそっくりだったら、もう追いかけられちゃって大変だわ」
「僕もちょっと似てるって言われるんだぜ」
 むきになる五十嵐の頬を、亜矢は両手で挟んだ。
「ちょっとじゃなくて、よく似てる。 もっと骨太だけど」
 五十嵐は笑った。
「そりゃ当然だ。 ルリちゃんは女でもきゃしゃなほうだからな」
 なんとなく自慢そうな彼にチュッとキスしてから、亜矢は素早く離れた。 最近、二人の絆はますます強くなって、ちょっとしたきっかけで燃え上がりそうなほど熱くなっていた。







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