表紙目次文頭前頁次頁
表紙

戻れない橋  82 挙式に向け


 話し終わると、千早は疲れきって放心状態になった。 それで夫の望月が家に連れ帰ることになり、亜矢と五十嵐だけが会社に戻った。




 最後の気がかりが消えた後、亜矢の家は娘の結婚準備一色になった。
 両親はさすがに、五十嵐の父親に挨拶して、できれば結婚式にも出てほしいと願っていたが、五十嵐はガンとして聞かなかった。
「姉が僕の共同経営者と一緒になったと聞いて、彼女まで勘当してしまった親ですよ。 もう何をしても通じ合えないです」
「お父様は意地になっていらっしゃるんじゃない?」
 母のあずみが心配そうに語りかけた。
「立派に育ったお子さん二人とうまく行かないままだと、老後が寂しくなっちゃうでしょうに」
「お父さんは、いまお幾つなのかな?」
 そう尋ねたのは、父の達郎だった。
「五八です」
「まだ働き盛りだ。 自営だと七十ぐらいまで余裕で仕事されるだろう。 それなのに、子供たちと縁を切ったままでは、世間体も悪い。
 どうかな、招待状だけでも出してみたら?」
 五十嵐の表情が暗くなった。
「来ませんよ。 それに、もし来たとして、雰囲気をぶち壊すかもしれない。 僕は亜矢ちゃんを幸せにしたいんです。 うちの親のせいで、式が嫌な思い出になったら」
 確かに、それは困る。 両親は顔を見合わせた。


 だが亜矢には、それでいいとは思えなかった。
 どんな押し付けがましい人であろうと、院長は亜矢の大切な婚約者の父親だ。 それに、今の彼を育てた人物でもある。
 姉弟はどちらも、まっすぐで思いやりのある性格だ。 二人とも母親似なのかもしれないが、父から受け継いだ長所も、きっとあるはず。
 そこで亜矢は一大決心をした。 準備のため、失礼のない手紙の書き方を調べ、一生懸命考えて、五十嵐院長に送る招待状に添える文をコツコツと書き始めた。


 なかなか難しかった。 一週間かけて下書きを終えた後、亜矢は帰り支度中の五十嵐の仕事部屋で、彼に見せた、
「あの、これ、お父さんが読んだら、どう反応なさると思う?」
 え? という表情で紙を受け取り、やや険しい顔で広げた五十嵐は、読み終わったときには肩の力を抜いて、淡い微笑みを浮かべていた。
「何度も書き直した?」
「……うん」
「おれなら喜ぶ。 親父も、悪い気持ちはしないだろう。 普通の状態なら。
 ただ、病院でごたごたがあったとか、たまたま体の調子が悪かったりしたら、どうなるかわからないな。 気分屋だから」
 彼の口調が軽かったので、亜矢は胸を撫でおろして、声を弾ませた。
「じゃ、これを付けて招待状送っていい?」
「やってみるか。 内容証明つきで」
 冗談を言って、五十嵐は苦笑いした。
 それから真顔になると、亜矢の手を取った。
「ありがとう。 気遣わせちゃって、ごめん」








表紙 目次 前頁 次頁

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送