表紙目次文頭前頁次頁
表紙

戻れない橋  78 助っ人たち


 亜矢は、ごくっと喉を鳴らした。
 その人はたぶん、波谷医師が妻を置き去りにして、同棲していた相手だ。
「何の目的で?」
「話したいことがあると言ってるらしい。 ルリちゃんはパニくってて、望月を心配させたくないって」
 千早さんは、新婚の望月さんにまだ遠慮があるのだろうか。
 それに比べ、話をすぐ聞かせてくれた婚約者の五十嵐に、亜矢はちょっと嬉しくなった。
「こんなに時間が経ってるのに、何を話したいのかな」
「わからない。 波谷と住んでた家に、ルリちゃん昨日久しぶりに行ったんだ。 ほら、最近、長く空家にしていると調べられたりするようになっただろう? だから見に行ったら、ポストに紙が入ってたんだって。
 ちゃんとした手紙じゃなく、メモみたいなやつで、家まで来て自分で入れていったようだ。 まだあそこに住んでると思ったんだろう。 日付はまだ新しくて、四日前だった」
「わざわざ家まで……」
「そうなんだ。 電話番号が書いてあって、十日まで東京に来てるから、できたら電話下さい、だって」
「できたら?」
 遠慮がちな書き方だ。 悪意があるようではない。
 だが、無視してしまうのも怖い気がした。
「お義姉さんが逢うなら、私、ついていきます」
「え?」
「そういう話をするの、カフェかホテルのロビーみたいなところでしょう? 他人みたいにして、近くに座ってます。 何かあったら、すぐ飛んでいけるように」
「だったら僕が」
「女のほうが目立たなくていいですよ。 それに、私なら絶対、顔知られてないし。
 そうだ! お義姉さんに話を録音してもらったら?」
「そうしよう!」
 五十嵐も乗り気になった。 たとえ脅迫されても、相手の手の内が分かれば対抗策を取れる。
「今日は一緒に帰ろう。 すまないけどちょっと遅くなる。 九時頃まで待っててくれる?」
「はい」
「なんか食べて帰ろうね。 待ってるお義母さんに悪いけど」
「電話しときます」
 二人で食事! こんなときだが、やっぱり胸がときめいた。


 その夜、五十嵐が亜矢を連れていったのは、自然食品を使って具沢山の麺を出す健康志向のうどん屋だった。
 あつあつの鍋焼きうどんを食べながら、二人は作戦を練った。
「あれからすぐルリちゃんに連絡取った。 君がついてきてくれるとわかって、すごく喜んでたよ。 明日の午前中に、相手に電話かけてみるそうだ」
「その人、何ていう人?」
 箸を動かす手を止めて、五十嵐はポケットからメモを引っぱり出し、亜矢に渡した。
「天野紀実香〔あまの きみか〕。 親父の病院の、もと看護師だ」









表紙 目次 前頁 次頁

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送