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表紙

戻れない橋  76 人々との絆


 ささやかでも心の篭もった祝い方に、五十嵐も亜矢も感激した。
 それで、気がつくといろんな知り合いに夫妻の人柄や作品の良さを話していた。 別に宣伝のつもりではなかったが、クチコミであちこちに伝わり、写真展は次第に観客が増えて、成功に終わったということだった。
 夫の誠司〔せいじ〕が、正月前に律儀に手紙を書いてきた。 それによると、T出版社の部長が姿を見せて、五十嵐から話を聞いたと語ったそうだ。
『……その後、ある通販会社から、僕達二人の写真を再来年度のカレンダーに使いたいという依頼を頂きました。 T社の方が紹介してくださったのです。 傾向が違うのがインパクトだそうです。
 二人とも好きな写真で飯を食っていけそうなのが、無上の喜びです。 僕達の写真に興味を持って頂いただけでもありがたいのに、いろんな方に話してくださって、本当に感謝しています。 ちゃんとしたお礼を言いたくて、メールではなく手書きにしました。 汚い字ですみません。
 来年はお互いにすばらしい年になりますように。 クリスマスはいかがでしたか? お二人の末永い幸せを、妻ともども願っております』
 五十嵐は、個性的な字で書かれたその手紙を、亜矢にも見せた。 そして、クリスマスの下りで、顔を見合わせて笑った。
 結局、クリスマスイヴはロマンティックな宵にはならなかったのだ。 そうなるとムードが高まりすぎて、ついベッドへ、ということになるぞ、と望月が五十嵐を脅したので、望月夫妻と五十嵐・亜矢の四人で、カラオケに行くことになってしまった。
 驚いたことに、望月はすばらしいバリトンだった。 亜矢は明るい声で、最近の曲を歌い、千早はエンヤの歌を少し歌った後、意外にも昔の流行歌のデュエットを楽しそうに弟と口ずさんだ。
「子供の頃、父の目を盗んで二人で歌ってたの。 『三年目の浮気』とか。 母が面白がるから、よけい調子に乗ってね。 あの頃は、まだうちも明るかったの」
「お母さんが生きてるときはよかったよな。 まさかあんな形で急にいなくなるなんて」
 急に空気が落ち込んだ。 亜矢は、五十嵐の母が早く亡くなったのは知っていたが、原因は聞かされていなかったので、当惑して望月に視線をやった。
 望月も亜矢を見返していて、首を振って言った。
「彼女に話してないの? だめだよ、心配させちゃ」
 五十嵐はマイクを望月に渡して、亜矢の横に戻り、手を重ねた。
「ごめん。 思い出すと今でも辛いんだよ。
 母は友達と買物に行く約束してて、その友達のご主人の運転する車に乗ったんだ。 そしたら信号無視の車に、交差点で横からぶつかられて、母だけが即死。 あと二人は軽傷だった」
「そんな……」
 亜矢はぞっとした。 なんというお気の毒な亡くなり方だろう。
「ぶつかった奴は、昼間から酔っ払い運転。 交通刑務所に入れられたけど、五年で出てきやがった」
 五十嵐は悔しそうに吐き捨てた。
「自分の意志で酒飲んで運転したんだろ。 もっと罪を重くすべきだよ」
「反省もしないしな。 よく覚えていないなんて言いやがるの」
 望月も不愉快そうに言った。
 その隣で、千早が涙をそっと拭っていた。
「お母さんが生きてたら、お父さんもあんなに頑固じゃなかったかもしれない」
「君は長生きしてくれよ〜。 もうイタリアには行かないから。 あっちは物凄い乱暴運転なんだ。 平気で割り込んでくるんだから、ミラノの道路なんか戦争だよ」
 前半は千早に、後半は亜矢に聞かせるように、望月が二人を交互に見ながら語った。








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