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戻れない橋  73 まだ難問が


 店主の佐藤は、イタリア時代の友人が婚約したのを祝って、特別にワインを一本おごってくれた。
「千早さんだけでも眩しいのに、どこでこんな可愛い人見つけた! 忙しいくせに、よくそんな暇あったな」
 望月が笑顔でばらした。
「同じ会社なんだよ」
「うぉう」
 粋なヒゲを蓄えた佐藤は、目を丸くして亜矢と五十嵐を見比べた。
「近場で調達? うらやましいな〜、俺んとこサービス業なのに、店員募集してもこんな美人は来ねぇぞ」
 亜矢は赤くなって、手を振って否定した。 佐藤の声はアリアが歌えそうなほど大きいのだ。
 五十嵐がグラスを渡しながら耳打ちした。
「佐藤はイタリア歴六年だから、態度が派手なんだ」


 いろいろ濃い店長だが、料理はすっきりと粋で、味付けがよく、いくらでも食べられそうだった。
 楽しく味わい、料理の交換などしながら、四人はじっくり、これからのことを話し合った。
「それで、親父さんには言わないのか?」
 ボンゴレを前にして、五十嵐は望月の問いに表情を動かさず答えた。
「勘当中だからな。 いちおう報告はするが、事後だ」
「式に招待する気は?」
「ない」
 優しい性格の望月は、亜矢に目を向けて心配そうだった。
「コドちゃんに文句はつけないだろう、いくら親父さんでも」
「逆に、嫁扱いされたら困るんだ」
 五十嵐は口元を引き締めた。
「誰でも自分の言いなりにしようとするから。 ルリちゃん見てりゃ、わかるだろう? 相手の気持ちや事情なんか、まったく考えないんだ」
「まあ確かに、うざい親みたいだけど」
「おまえも用心しろよ。 親父は波谷の失踪届出して、ルリちゃんを引き戻そうとしてるらしい」
 つつましやかに魚料理を口に運んでいた千早が、かすかにあえいで喉に手を当てた。
「本当?」
「ああ。 もう九年経ったから」
 そう呟く五十嵐の声は苦かった。
「今日はそのことの相談もあって、来てもらったんだ」


 そのとき、亜矢は千早の手がフォークを置き、横にいる望月の腕を探って、ぎゅっと握りしめるのを目撃した。
 前は弟だけに心を打明けていた千早だが、今では望月が誰よりも頼もしい人になっているようだ。 二人を無理に引き離したら、きっと新しい悲劇が生まれるにちがいない。
「お父様は、いつ届けを出されたんでしょう?」
 亜矢の問いに、五十嵐はすぐ答えた。
「知らせてくれた事務長の話だと、夏の初めだって」
 夏の初め……。
 亜矢は、五十嵐から波谷に関する秘密を打明けられた後、失踪人宣告について調べていた。
「たしか、届けてから半年間、行方がわからなければ、失踪宣告が出るはず」
 残りの三人の視線が、一斉に亜矢に集まった。








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