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表紙

戻れない橋  72 未来に向け


 木曜日の昼下がり、亜矢がいつものように昼食の買出しに行こうとしていると、携帯が鳴った。
 見てすぐわかった。 思わせぶりな元同級生の小城田だ。 婚約を告げたら、半日で学校友達に触れ回るだろう。 そうわかっていて、気が重くなったが、我慢して電話に出た。
「こんちは」
「何怒ってるのー? 電話するって言ったでしょう?」
 小城田は余裕をかましている。 亜矢は席から立ち上がり、給湯コーナーに入った。
「うん、覚えてる。 だけど、週末には会えなくなった」
「なんでー?」
「五十嵐さんの家族に会いに行くから」
 小城田の返事が、初めて遅れた。
「それって、つまり……?」
「うん、婚約したの」
 さらに間が空いた。 やがて戻ってきた声は、冷たくなっていた。
「ふーん、うまくやったね」
 亜矢は、むっとした。
「そういう問題じゃないよ」
「どうして? 彼って成長株だし、仕事のできる社長だし、大きな病院の息子だよ。 いわゆる青年実業家じゃない? そういう人って、ふつう女優とか金持ち娘とか、もっと派手な人と結婚するよね?」
「人それぞれでしょ」
 言い返しながら、亜矢は悟った。 小城田は確かに女優なみの美人で、しかも自動車の修理工場チェーンの会長の娘でもあり、いつも金のかかった服装をしている。 彼女は本気で五十嵐が欲しくて、彼が亜矢程度の女の子に手を出すなら、自分にもチャンスがあると望みを持ったらしい。
「私たち、気が合ったから」
「私たちね〜」
 皮肉っぽく繰り返すと、小城田はそこで気持ちを切り替えた。
「わかった、おめでとう。 じゃ、また今度ね」
 亜矢もほっとして、声が柔らかくなった。
「ありがとう。 じゃね、またいつか逢おうね」


 その日の帰り道、もう二人で堂々と帰れるようになったので、笑い話のように五十嵐に小城田の電話を話すと、彼は眉をしかめて口を尖らせた。
「ずいぶん君をなめてんじゃないか。 君の真価をわかってないな」
「真価?」
 可笑しいのと照れたのとで、亜矢は小さく笑い出した。
「そんな大したもの、ないから」
「そういうところがいいんだよ」
 自分も微笑みながら、五十嵐は亜矢の手を取り上げて繋いだ。


 そして土曜の夜、五十嵐と亜矢がディナーを共にしたのは、五十嵐の姉の千早と、その同居人になった望月だった。
 おいしいと評判のイタリア料理店で、店主は五十嵐と望月、それに千早がイタリアに滞在していたときからの知り合いだという。 将来のために外地で修業を続けていた、いわば苦労仲間で、今でも特別な気持ちのつながりがあるということだった。
 その店に行くために、四人は船橋市まで足を運んだ。 テラコッタと観葉植物とトレリスが絶妙に組み合わされた落ち着く雰囲気で、人気店だという理由が内装からもよくわかった。







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