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戻れない橋  68 認められて


 五十嵐は亜矢の両親に、すべてを包み隠さず話した。 格好悪いことも、人間らしい身勝手な反応も。
「波谷の義兄〔あに〕が死んだとわかったとき、どこかでホッとしました。 これで姉がおびえずにすむと思ったし、あんな男は僕自身で殺したいほど憎かったですから」
 少し黙った後、達郎が慎重に訊いた。
「波谷さんが五十嵐さんの当時の服装をそっくり真似したということは、あなたを調べていたんでしょうね。 苗字が同じなのに、どうしてお姉さんの恋人とまちがえたんだろう」
「ああ、それは、僕が母方の苗字を名乗っていたからだと思います。 大垣〔おおがき〕という名前で働いていて、本名を知っているのは工務店のボスだけでした。 父に見つかったら辞めさせられるのが心配だったんで、そうしてくれと頼んだんです」
 これで最後の疑問も解けた。 両親は五十嵐の誠実さを信じ、発展いちじるしいハーフムーン工房と社員たちのためにも、全面的に応援する決意を固めた。


 その後、母の手作りの料理と父が電話で取り寄せた寿司で、婚約祝いをした。
 父はビールを五十嵐と酌み交わし、ますますご機嫌になった。
「ほんとのこと言うと、まだ早いかなと思う。 でもこの子が幸せになるなら、涙をのんで出してやらないと」
「大切にします」
 こちらもほろ酔いになった五十嵐が、神妙に頭を下げる。 その横で、母が亜矢と肩を寄せ合って、二人のなれそめをせっせと聞き出していた。
「お母さんにも黙ってるなんて、ひどいじゃないの」
「それはしょうがないよ。 上司だし、こんな大人なカッコいい人が私を見てたなんて、思うわけないでしょ?」
「亜矢のほうはどうだったのよ。 何時頃から意識し出したの?」
「やめてよお母さん、レポーターみたいに興味持って」
「だって娘じゃない。 どんなことでも知りたいに決まってる。 特に結婚関係は」
「はずかしいよ、詳しく話すなんて」
「はずかしくなるようなこと、もうしたの?」
 思わず亜矢は、母の腕をぱたぱた叩いてしまった。
「してない! もうヤだ、どうしてそういうこと言うの?」
 母はお気に入りのワインの瓶を持って、すっかり野次馬に変身していた。
「よかった、まだおばあちゃんにはなりたくないもん」
「先のこと考えすぎだよ」
「でも、いつかはかわいい孫ほしいけどね」
「結婚してからゆっくり考えるよ、二人で」
「紫の上なんて言わなきゃよかった」
 不意に母は真面目になって呟いた。
「彼女は子供産まなかったんだ」
「だからそれ、お話の登場人物でしょう? 千年前の宮廷小説だから」
「モデルはいたわよ、きっと」
「そうね」
「大貴族に望まれて妻になったのに、子供一人もできなくて寂しかったでしょうね」
「私はできれば二人ほしい」
 つい勢いで言ってしまって、亜矢は頬を赤くした。







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