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戻れない橋  67 出逢った友


 五十嵐の父の反応を聞いて、達郎はげんなりした表情になった。
「結局、五十嵐さんに丸投げしちゃったわけだ」
「二人とも遠くへ追いやりたかったんでしょうね。 どっちも期待にそむいたから」
 五十嵐は冷めた口調で言った。
「でも結果的にはよかったです。 向こうで今の共同経営者の望月と知り合えたから。
 彼は本物の天才で、奨学金で留学してたんですが、イタリア語がうまいのにすぐ騙されて、金をどんどんなくしちゃうので、自然と面倒みるようになりました。
 そのお返しに、望月は僕が留守のとき、姉の話し相手になってくれて、本当に助かりました。 姉が立ち直れたのは、望月のおかげだと思っています。
 三人でよく、あちこちに出かけましたよ。 カプリ島とか、きれいな場所がいっぱいあって」
「イタリアでデザインの勉強を?」
 母が熱心に尋ねた。
「はい。 初めは建築に興味があって行ったんですが、望月におだてられてデザイン画のほうに。 彼は人を励ますのがうまいんです」
 話を聞きながら、亜矢は思い起こした。 さっき会社で、望月が千早を訪ねると言っていたことを。 あのとき彼の態度は、どこかぎこちなく、緊張を隠せないように見えた。
 ひょっとして、望月さんは前から……。
「二年で望月の留学期間が過ぎたので、一緒に戻ってきました。 彼には美術館員の仕事が用意されてましたが、それじゃあの才能がもったいなすぎる。 姉と僕には母の遺産があったんで、僕のほうを使ってハーフムーン工房を立ち上げたんです。
 望月は最高のやつだし、姉の恩人でもあるし、目一杯実力を発揮させてやりたくて」
 母のあずみは感じ入った様子で、小さくうなずいていた。
 達郎のほうは、別のことに感心していた。
「じゃ、あまりコネもなしに起業して、株上場できるほど立派にしたんですか。 すごいな」
「イベントやコンペティションに片っ端から参加しました。 飛込みのセールスもやったし。 どんどん口がうまくなっていくのが自分でわかりましたから」
「えらい!」
 初めて部屋の中に笑顔が広がった。


 やがて真顔に戻ると、五十嵐は亜矢に目を向けてから、いくらかぎくしゃくとした口調になった。
「仕事が軌道に乗るまでの半年ぐらいは、やっぱり大変で。 気持ちが休まるものが必要でした。
 それで、鴻巣〔こうのす〕に住んでいる姉を訪ねる行き帰りに、遠回りしてこの近くを通ってました。 中学校から帰るこの人が、友達と歩いているのを何度か見ました。 勝手に兄みたいな気持ちになっていて、相変わらず元気でやってるな、がんばれよ、って思ってました」
 そこで母が、ぽろっと口に出してしまった。
「紫の上みたい」
 男二人が、ぎょっとした顔であずみを見つめた。
 母はあわててまばたきして、それでも楽しそうに言った。
「ほら、光源氏が垣根の間から可愛い女の子を見つけて、将来のお嫁さんにしようと思ったっていう話」
 たちまち五十嵐は、耳まで真っ赤になった。
「いや、最初はそんなつもりは…… 気立てのいいお嬢さんだなと思っただけで」
 母はあいまいにうなずいたものの、目が躍っていた。 気立てがいいというだけで、わざわざ車を遠回りさせるかしら、と、その目が語っていた。







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