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戻れない橋  62 不安と期待


 あ……あれっ?
 さっきの小城田の思わせぶりな電話のせいで、亜矢は神経が高ぶっていた。
 だから、日頃になく焦りぎみになった。
「ちがうんです、あの、こそこそしてたわけじゃなくて」
「そんなこと言ってないでしょ?」
 やんわりとたしなめられた。
「目立ったのは代表のほうだもの。 コドちゃんがテッケンくんと笑いながら話してたら、じっと睨んでたりして」
「え?」
 全然知らなかった!
 亜矢が目を見張ると、真際は吹き出しそうになりながら小声で続けた。
「若い女子入れたくなかったのは、望月さんなのよ。 五十嵐さんを追っかけるから仕事にならないとか言ってね。 実際そうなんだけど。
 でもコドちゃんはしっかりしてるから安心してたら、五十嵐さんのほうが追っかけちゃって。 初めて見たわ〜」
「そんなことは……」
「ない? かばっても無駄よ〜」
 そう言って、真際は本当に吹いてしまった。


 幸せな主婦である真際かれんは、事のなりゆきを面白がっているらしかった。 亜矢は少し胸をなでおろしたが、今度は望月代表の反応が心配で、細かい修正作業をしながらも、ちらちらと部屋の対角にある望月のデスクを、ついうかがった。
 望月は高畠の手を借りて、大きな紙を切り抜いていた。 途中で亜矢と目が合うと、にこっと笑ってうなずいてくれたので、機嫌がいいようだった。
 このなごやかな雰囲気が、ずっと続いてくれますように。 亜矢は祈る気持ちになった。




 夕方に、亜矢は外廊下に出て、家に電話をかけた。
「お母さん? あのね、今日五十嵐さんと一緒に帰るから」
 母は一瞬、何のことか飲み込めないようだった。
「五十嵐さん? 社長さん?」
「そう」
 初めて親に秘密にしていたあれやこれやが、心の中で渦巻いた。 説明できなかったために、ただ驚かせてしまったらしい。
「これまで相談できなくて、ごめんなさい。 あの、私、申し込まれたの」
「なにを?」
 母はまだ戸惑っている。 亜矢は肝心な言葉がなかなか口に出せなくて、額まで真っ赤になった。
「あの、結婚しようって」
「……は?」
 そう一言つぶやいた後、電話の向こうは完全な沈黙状態になった。


 隣のオフィスから、忙しそうに男子社員が二人出てきた。 亜矢は慌てて角に顔を隠すようにしながら、電話に告げた。
「じゃ後で。 ごめんね、びっくりさせて}







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