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表紙

戻れない橋  51 破綻しても


『……でも、結婚して間もなく、失敗だったとわかりました。
 波谷が悠吾に似ているのは見かけだけで、性格は全然違ったのです。 親が離婚し、父親と再婚相手に育てられたため、簡単に人を信じられなくなったと、自分で言っていました──』


 親が再婚して一年後、後妻が子供を産んだことから、もともとなついていなかった波谷の立場は微妙になったという。
 彼は勉強に打ちこんで、かばってくれない父親を見返そうとした。 そのうち、彼には残念なことに、後妻にまた子供ができて、数で少年を圧倒した。
 人生は力だ。 そう波谷少年は学んでしまった。


『……弟と妹にお金がかかるので、波谷にはなかなか回ってきませんでした。 私大医学部の高い授業料を払うのは、奨学金を取っても大変だったでしょう。
 それは私にもわかるのですが、結婚した後、毎月の家計をいちいち調べて、ぜいたく品を買っていないかチェックするのには困りました。 収入以内でやっていて、貯金もしているのに、なぜか疑うのです。 だから、どうしても必要な季節の服を買うときなど、父にそっと頼むようになりました。
 そうしたら、後でばれて、僕に恥をかかせたと怒り出しました──』


 そのうえ、夫はパーティーや懇親会に出るのが好きな男だった。 千早にとって一番苦手な社交の場だ。 だから、何かと口実をつけて逃げているうちに、僕の出世を望まないのかと、夫はまた怒った。
 どちらが悪いというより、目指すものが違いすぎたのだ。


『……うまくいっていないのを、父には話せませんでした。 告げ口するようで嫌だし、波谷が努力家で良い医者だとわかっているので、未来の病院長への道を閉ざしてはいけないと思ったからです。
 でもストレスが溜まって、だんだん夫が怖くなりました。 それで寝室を別にして、少し落ち着きました──』


 やがて、波谷があまり家に戻ってこなくなった。
 たまに帰ると、香水の香りがしたり、見覚えのないシャツを着ていたりする。 浮気しているとしか思えなかった。
 そのとき千早が感じたのは、怒りではなく、ほっとする気持ちだった。
 他所に行ってくれたら、家でのびのびできる。 好きなお菓子作りが自由にやれるし、いつ文句を言われるかと神経を使うこともない。
 五十嵐病院長が買い与えた家だから、千早を追い出すことはできないはずだった。


『……そのうち、夫は全然帰ってこなくなりました。
 そんなとき、街で偶然、悠吾に出会いました。 逞しく日焼けして、髪を金色に染めて、顔をよく見るまでわからなかったほど変わっていました。
 もう嬉しくて、無理に引き止めて話をしました。 悠吾には何でも打明けられます。 電話では言えなかったことまで、勢いで細かく話してしまいました。
 弟は、波谷との生活を聞くとすぐ、お父さんがバカだからこんなことになるんだ、と言い切りました──』


 親父は子供たちの気持ちを何にも知らない。 仕事仕事で、遊びに連れていってくれたこともないから、姉さんが全然合わない男に騙されてもアドバイスひとつできなかったんだ、と悠吾は苦々しく呟いた。
 ほとんど母子家庭のような環境で、母さんが明るくユーモアのある性格だったから、オレたちはなんとかまともに育ったんだ、とも言った。
 そして、姉の夫がすっかり家出してしまったと知ると、一人きりの千早を心配して、ときどき訪ねてくれるようになった。







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