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戻れない橋  28 いい仕事場



 間もなく亜矢は、通称『望月組』に入り、ブライダル・センターの仕事に加わって、デザインの一部を担当させてもらった。
 四人での共同作業で主に仕切るのは、意外にも望月ではなく、ようやく長野から帰ってきた河内だった。 レイアウトなどは先に決まっていて、仕事を割り振っていくのだが、望月はときどき顔を見せるだけで、大抵は自分の分担に没頭していた。


 やがて亜矢にも、その理由がわかってきた。 望月にまとめ役をやらせては、いつまでも終わらないのだ。 アイデアが豊富なのはいいが、人の作品にまで優れた点を見つけて、方針を変えたがる。 だからまず大筋を望月自身につけてもらって、他が合わせるしかなかった。
 望月は、そういう人だった。 悪気というものがなく、自分が上に立ちたいという野心もなく、童子のように素直で温かい。 彼の下で仕事をして、亜矢はすぐに彼を大好きになったものの、少し心配でもあった。 こんな善い人は見たことがない。 騙すのは子供の手をねじるより簡単だろう。


 新たに上司をいたわるような目で見るようになって、亜矢は初めて気づいた。 ハーフムーンという会社の全員が、望月を自然に守れるような、しっかりした性格の持ち主だということに。
 だから足の引っ張り合いや陰口がないのだ。 彼ら、彼女らは、美術の才能だけでなく、人柄で集められた人たちだったのだ。


 こういう稀に見る会社を作った五十嵐代表は、いったいどういう人物なのだろう。
 まだ三十そこそこなのに、なぜ的確に性格を見抜けるのか。 そして、面倒で厄介な会社経営を一手に引き受けて、縁の下の力持ちに徹している理由は、何なのか。
 かっこいいなあ── 亜矢は、やっと一区切りついた午後の二時すぎに、受付の原なずなが差し入れてくれたハンバーグ弁当を皆と食べながら、盛んに五十嵐のことを考えて、目に星を浮かべていた。
 ふと気がつくと、河内がじっと見ていて、目が合った。
「コドちゃん、なに思いにふけってるの?」
「あ、え?」
 とっさにごまかせず、亜矢は赤くなってしまった。
「わかった。 好きな人できたんだ」
「えー? ちがいますよぉ」
 河内は訳知り顔で顎を上げた。
「そう? おれは出来たよ」
「えーっ!」
 今度は反射的にでかい声が出た。
「わー」
 周りが振り向いたので、後半は尻すぼみの小声になった。
「いいなぁ」
「いいだろ。 小学校の同級で、昔は全然意識してなかったんだけど、偶然道で再会してさ、なぜかお互いに盛り上がって」
「はあ」
 素敵だ。 私にはそんなロマンチックな再会は、ぜったいないだろうけど。
「先輩の小学校って、どこですか?」
「沼津。 静岡の」
「あ、三島市に伯父さんいますよ。 沼津のそばですよね」
「そう。 富士山の近く。 式は向こうで挙げるつもりなんだ。 そういうとき、故郷が同じって都合がいいよ」
 もう婚約してるんだ。
 とっても嬉しそうな河内の顔を見て、亜矢も楽しい気分になって微笑んだ。
 そのとき、奥のドアが開いて五十嵐が出てきた。 そして、微笑しあっている河内と亜矢に、一瞬目を釘付けにした。






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