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戻れない橋  16 同窓会の噂



 卒業式が来る頃には、亜矢はすっかり職場の雰囲気に慣れ、先輩職員たちの顔と名前が一致するだけでなく、それぞれの特徴や仕事の得意分野などもわかるようになった。
 彼ら、彼女らのアシスタント役をやりながら、亜矢は仕事の手順を少しずつ覚えた。 親のしつけで口が固く、おっとりしているわりにやることはきっちりやる。 そういう長所が好まれて、すぐ雰囲気に溶け込めたのが大きかった。
 つまり、試用期間が終わる前に、亜矢は正社員の地位を、しっかりと物にしていた。


 五月の半ばに、大学の有志が同窓会を開いた。 言い出しっぺの幹事の親がおしゃれなパティシェリー(フランス風のパンとケーキの店)をやっている関係で、付属のカフェを格安で借り切っての開催だった。
 参加したのは、やはり就職が順調に決まった者がほとんどだった。 その中に、在学中からネットゲームのイラストで売れて、すでに一本立ちした男子が混じって、陽気に騒いでいた。
 その桂高史〔かつら たかし〕が、亜矢の就職先を耳にして、仲間の輪から振り向いた。
「へぇ、ハーフムーンに入れたの? すごいじゃない」
 亜矢はとまどい、目をしばたたいた。
「ありがとう。 河内〔かわち〕さんが紹介してくれたの。 今は長野の記念センターの装飾をしてて、めったに本社へ戻ってこないけど」
「ああ、あの人面倒見がいいから。 でもハーフムーンは実働三年コネありって人がなかなか入れなくて並んでるってぐらいで、新卒採るのは珍しいと思うよ」
「そうなの?」
「わー、亜矢って運がいいんだ」
 隣にくっついた友達の美喜〔みき〕が、腕を引っ張って高い声を出した。
 桂は本格的に向き直って、亜矢と話し出した。
「あそこ望月さんが有名だけど、おれは五十嵐さんのほうが好きだな。 色彩の組み合わせが彼独特なんだ。 あんな切れ味のいいイラストってないよ。 もっと描く時間があれば、今ごろビリオネアだよな」
「ってより、本人が一番の傑作だよー。 ハダカにしてデッサンした〜い」
 不意に小城田〔おぎた〕という美人が割り込んできて、亜矢に後ろから寄りかかると肩に顎を載せた。
 桂はあきれて、フーッと息を吐いた。
「望みが高いなぁ、おい。 彼ってタレントだの女のアナウンサーだのに追っかけられてるってんだろう?」
 急にきわどい話になった。 亜矢はどぎまぎして下を向いたが、顔が赤くなっているのではないかと心配だった。
 幸い、小城田は後ろから抱きついているので、亜矢の表情は見えず、更に言いつのった。
「だってあの顔、魅力的でしょ? 絵描きなら絶対、描きたいと思うよ。 それにあのガタイってったら」
「なんだよ。 水着写真でも見た?」
「いや、夏にシャツ姿で歩いてるとこ、見ただけだけど? それが何か?」
 逆切れしている。 もしかすると本気で憧れてるのかもしれない、と、亜矢は直感した。






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