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戻れない橋  15 何でも修業



 帰宅してからも、亜矢の興奮は続いた。 どんな細かいことでも聞きたがる母に延々と話した後、仕事から早めに戻ってきた父にも繰り返し語り、終いには声が枯れるほどだった。
「最新式の機器があるけど、やっぱり基本は人間だって。 機械はアイデア出せないもんね」
「それとチームワークだろ?」
「そうそう。 基本的には学校でやったのと同じ作業だけど、速さと精度がぜんぜん違うの。 気が合ってるから、ちょっと話しただけでどんどん進めちゃって、凄っ!って」
「圧倒されるよなあ」
「きっとすぐ慣れると思う」
 母は強気だった。
「亜矢はハマるほうだから」
「焦るなよ」
 父はもっと慎重で、大人らしく忠告を垂れた。
「人生はマラソンだ。 背伸びすると後で皺寄せが来るぞ」
「うん、注意する」


 父の言葉に従い、今日見聞きしたことを思い返して、大事そうなものはメモしておくことにした。
 また、三十人以上いた先輩社員の顔と名前は、とても一日では覚えきれなかったが、みんなちゃんと名札をつけるか吊り下げていたので、できるだけ早く記憶しようと決意した。
 もちろん亜矢も、秘書の原なずなから『道案内書』と共に渡されていた。 青いコードから下がった小さな写真入の名札を、亜矢は誇りをもってしみじみと眺めた。




 次の出社日は三日後だった。 小雨の中、いそいそと大宮に向かった亜矢は、頼まれれば何でもやった。 電話番、お茶くみ、コピーに特殊用紙の手渡し、弁当やおやつの買出し、などなど。
 外への買物は、西崎という若手が一緒だった。
「相棒がいると助かる。 ずっと一人でやってたもんで。 男なら力〔りき〕入れて全部持ってこいって」
 オフィスが入っている同じビルの一階に、コーヒーショップと食事処があった。 そこで食べる職員が半分ほど。 自分で出かけて好みの店に行くのが四分の一ぐらい。 残りは決めておらず、また誰でも日によって忙しいときは、サンドイッチやコンビニ弁当のながら食いで済ませるのだった。
 亜矢は、そういった店への行き順を覚えた。 街の目印になりそうな建物も記憶し、メモった。 歩きながら西崎の雑談に付き合い、役に立つ情報を仕入れるのも忘れなかった。
「五十嵐代表と望月さんは、ほんといいコンビなんだ。 どちらも凄腕だけど、望月さんは見たとおり、ほとんど変人すれすれ。 だから実務はみんな五十嵐代表におまかせで、自由に才能をふるってて」
 ほう。
 亜矢はそ知らぬ顔をしながら、一心に耳を澄ませた。 五十嵐代表についての話は、何でも聞きたかった。






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