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表紙

戻れない橋  11 正月休みに



 お正月の二日目から、亜矢は会社で教えてもらったグラフィックデザイン機器について、熱心に調べて学習した。 学校の備品より一段と進化していて、使用法も少し違うようだ。 慣れるまで大変そうだなと思いながらスペックをプリントし、その間にどんな服を着て出社すべきか考えた。
 受付さんがあの格好なら、たいていの服は認められそうだ。 あの人かわいかったな、と、亜矢がくすくす笑っていると、ドアがきちんと閉まっていなかったらしく、ゆっくりと隙間が開いて、長い尻尾を?の格好にした猫のミキが入り込んできた。
 拾われたときは手のひらにすっぽり収まるチビで、痩せて飢えていたあの猫だ。 しかしその後、急速に成長して、今や尻尾の先まで五十センチある堂々とした大人猫となった。
 甘ったれは変わらない。 父に一番なついていることも同じだが、拾い主の亜矢にはもちろんベタベタだった。
 パソコンの画面を見ながら、亜矢は上の空で、膝に乗ってきたミキを撫でた。
「おなかすいた? ちょっと待ってね、すぐ終わるから」
 ミキは黙って、丸い頭を亜矢の肩と顎にこすりつけた。 亜矢はくすぐったがって、仕返しにミキのお腹をコチョコチョした。
 やがてベッドに寝っころがって、一人と一匹でミニ・レスリングをしていると、二階に上がってきた母が顔を覗かせた。
「そのまま寝ちゃだめよ。 ちょっと買物行ってきて。 買い置きしてあると思ったマヨネーズがなくて、サラダが作れないから」
 亜矢はすぐ身軽に飛び起き、ミキを抱き上げて部屋の外に出した。
「マヨネーズだけ?」
「えーと、唐揚げ粉も要るな。 それに、洗剤も」
「洗濯用?」
「そう。 いつものメーカーね」
「はーい」


 もう正月に店が開いていないということはない。 亜矢が近くのスーパーで品物選びをしていると、見覚えのある顔とすれ違った。
 亜矢が、あれっ?と首をかしげていると、向こうも通り過ぎてから気づいたらしい。 キュッと三六○度回転して、身軽に戻ってきた。
「うぉう、ここで逢ったが百年目!」
「は?」
「まちがった。 こんなところでお会いできるとは、雪の女王様」
 カツラをかぶっていなかったから、すぐにピンと来なかった。 それは、大宮で知り合ったバイト兄弟の兄のほうだった。
「関川さん」
 すぐ亜矢の口から名前が出たため、若者は喜んだ。
「そう! で、どっちの関川だと思う?」
「お兄さん。 賢太さん、だよね?」
 彼からは、元日に一度メールが送られてきた。 弟と連名で、あけおめと、就職したらグチ聞いてあげるから会わん? という誘いが書いてあった。 亜矢はすぐ挨拶を返し、そのうち会おうネ、と、当りさわりのない返事をしておいたのだ。
「この近くに住んでるの?」
 賢太はひょうきんな顔をした。
「いや、弟の友達が住んでて、昨夜泊まったんだ。 みんなでピザ取って騒いで、水分補給にビール買出し」
 見ると、通路の向こうに二人男の子がいて、一つの籠を二人で持って、こっちを見ていた。







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