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表紙

戻れない橋  9 とんだ失言



 亜矢は、電話の小さな画面に目をこらすのをやめ、二人の若者に道を訊くことにした。
 ひょうきんな二人は、すぐ提案した。
「駅に行くんでしょ?」
「オレらも行くから、一緒に行こうよ」


 七分ほどの短い道のりだったが、その間に彼らはたっぷり内容を盛り込んだ。
 まずお互いに自己紹介した。 トマト頭は関川賢太〔せきかわ けんた〕で、金髪は関川晃路〔こうじ〕。 二歳違いの兄弟だった。
「古藤亜矢? きれいな名前だね」
「え? ありがとう。 賢太と晃路もいい名前」
「褒めあいが済んだら、番号交換しよう」
 弟の晃路が、せっかちに口を挟んだ。
 亜矢は二人をまじめに観察してから、電話番号とメールアドレスを教えた。 カツラを取った兄弟は、意外にもおとなしめの髪型で、拍子抜けするほどごく普通の青年に見えた。 話し方も柔らかで、感じがよかった。
「これからも仕事?」
「そう。 事務所へ寄って、次の届け先に行きま〜す。 古藤さんは?」
「うちに帰って、お祝い」
「へぇ、何の?」
「さっき就職が決まったんで」
「おめでとう!」
 兄弟の声が朗らかに揃った。
「賢太も四月から勤め人」
「そう? 同じなんだ?」
「だよね。 賢太は市役所」
「公務員。 堅実なお仕事ですね〜」
 亜矢はちょっと驚いた。
「じゃ、プレゼンターは今年で止め?」
「もともと僕が引っ張り込んだバイトだから。 来年からは友達と組む予定」
「リクルート・スーツの古藤さんは、何の仕事?」
 賢太が訊いた。
「デザイン関係。 ロゴやポスターなんか作るの」
「はあ〜」
 今度は兄弟が驚いている。
「そんな感じに見えないね。 美人秘書とか。 ねえ?」
 亜矢は首を振って天を仰いだ。
「美人なんて言われたことない。 やっぱお世辞うまいわ〜」
「お世辞じゃないって」
 妙に真剣に、賢太が訴えた。


 関川兄弟は与野市へ行くそうで、反対方向なので、駅で別れた。 なんとなくほのぼのした楽しい出会いだった。
 電車に乗ってから、亜矢は気づいた。 ポインセチアの造花を、手に持ったままだった。




「え? 即決? よかったね。 会社もおしゃれで」
 母もすっかり喜んでくれた。
「今夜はご馳走にしなきゃ。 何がいい?」
「オムライスかなぁ」
「亜矢はいいねぇ、安上がりで」
「だってお母さんのオムライスおいしいんだもの。 きのこも入れてね」
「オッケー、たっぷりバターでいためてあげるよ。 今高いけどね」
 ご機嫌で卵の数をチェックしに行った母が、冷蔵庫を開けながら首を伸ばして尋ねた。
「社長さん、どんなだった?」
 余所行きのバッグを開いて、忘れないうちに中身を普段用に入れ替えていた亜矢は、何も考えずに答えた。
「すてきだった」


 え?
 私、いま何て言った?
 亜矢は、口の開いたバッグ二つを前にして、ぼんやりとなった。
 耳ざとく返事を聞きつけた母が、卵のパックを持ったまま戻ってきた。
「すてき?」
 やっぱりそう言ったんだ。
 亜矢は、興味深そうに覗きこむ母の顔をまともに見られずに、ぼそっと答えた。
「背が高くて、きびきびしてるの」
「ハンサム?」
 亜矢は目を泳がせた。 すっきりした鼻の線と、意志の強そうな口元が脳裏に浮かんだ。 それに、気持ちのいい低めの声も。
「感じいい人」
「それはよかった」
 母は、にやにや笑いそうな様子で言った。








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