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表紙

戻れない橋  8 出会い二つ



「これはネットに接続してない。 まだ小さな会社だけど、ハッキングは人並みに来ますからね」
 そう五十嵐代表はきびきびと語り、亜矢が機器を確認するのを待って、また扉を締め切った。
「さいわい、ここのところ受注は増えていて、人手が必要です。 即戦力とはいかないだろうけど、できるだけ早く育ってほしいんで、新年早々から来れます?」
「はい!」
 亜矢は息を弾ませて答えた。 目の回る展開だが、もったいぶって採用を遅らせられるよりずっといい。


 結局、一月五日から週に三日ほど通勤することになった。 いわゆるインターンシップといわれる見習い期間だ。 授業の単位は既にほとんど取っているため、もう一日多く通ってもいいぐらいだった。
 すべてをきちんと取り決め、受付嬢に明るい笑顔で送り出されてから、亜矢はぼうっとした気持ちで、冬の弱い日光がビル群の窓から反射する街路を、せかせかと歩いた。
 まだ意識が、新しい立場に追いついていないようだ。 未来の職場に着いてから起こったことを思い返すのに忙しいうちに、道を間違えてしまった。
 気がつくと、見覚えのない商店街の真中にいた。 振り返っても、どこからここに入り込んだか見当がつかない。
 あわててスマートフォンを取り出して、大宮の街路図を調べ、目印になる建物を探していると、二人の若い男子が肩を抱き合って歩道をやってくるのが目の端に映った。
 何気なく顔を上げたとき、戦慄が走った。 男の子の一人はトマトのような赤毛で、もう一人はきらめくプラチナ色の金髪だったのだ。
 なじみのない街角で、八年前の思い出が突然、心一杯によみがえった。 金髪の子の髪型は、驚くほどあの『パツキンさん』にそっくりだった。
 亜矢は歯を食いしばった。 なんで今ごろ、こんなに悲しいんだ。
 二人の若者は、知らない女子に見つめられて気まずかったらしく、互いに目を見交わしてから、組んだ腕を解いた。
 赤毛のほうが、とぼけた声で話しかけてきた。
「そんな顔しないでよ〜。 俺達ヤバくないから」
 そして次の瞬間、トマト頭に手をやると、ポイッとはがした。
 亜矢は目を見開いた。 口もだらんと下がった。
 すぐに金髪も同じことをして、にやっと笑った。
「これフェイク。 衣装の一部。 オレたちクリスマス・クラウンやってるの。 サンタじゃ普通すぎるでしょ? だから、マジックしたりして、プレゼント配達するの」
「はあ〜」
 間抜けた声を出した後、亜矢は笑い出した。
「なんだぁ。 髪の毛が取れたかと思った」
「ちゃんと下に生えてるよ。 黒い毛が」
「なんかさー、そういう言い方だとヘンに聞こえない?」
 ヘンというより下品に聞こえるが、二人のとぼけたやり取りを聞いた亜矢は笑いが止まらなくなり、元トマト頭くんの肘を叩いてしまった。
「やだなー、もう」
 若者ふたりはにこっと微笑み、金髪くんがすかさず背中からポインセチアの造花の花束を出して、大げさにお辞儀した。
「クリスマスおめでとう、雪の女王様」









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