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戻れない橋  7 面接試験は



 『ハーフムーン工房』は、大宮駅近くの一等地にあった。 蓮田〔はすだ〕市に住む亜矢には通いやすい場所だ。 面接に行く前、両親もそのことを知って喜び、うまく受かるといいねと言ってくれた。
 学校友達やネットから集めた情報によれば、ハーフムーンは8年前に設立されたデザイン会社で、まだ歴史が浅いが目ざましく実績を伸ばしているそうだった。
 社の代表は二人で、五十嵐〔いがらし〕と望月〔もちづき〕という苗字を合わせ、五十からの連想でハーフ、それに望月の月をつけて、ハーフムーン(=半月)の社名を考えたという。
 亜矢は、できれば長く勤めたいと思っていたので、会社が起業して間もないというのにちょっと不安を感じた。 でも、若い会社はそれだけ新しい技術に敏感かもしれない。 社員も若そうだから、溶けこみやすいかも。
 やっぱりその会社に入りたい! 亜矢はきちんとしたスーツに身を固め、緊張して電車に乗り込んだ。


 その会社は、しゃれたビルの三階にあった。
 受付にいた女性は、どう見ても十六、七にしか思えなかった。 髪を小さなポニーテイルにまとめ、きょとんとした眼にストライプ縁の眼鏡をかけ、しょっちゅう鼻にずらしては持ち上げている。 明るく清潔なエントランスに入ったとたん、小顔の少女に迎えられて、亜矢は一瞬、この人臨時アルバイトなのかな、と思ってしまった。
 ところが、挨拶をしてすぐ、この受付嬢が見た目とまったく違い、有能なのがわかった。 にっこりして迎えると、すぐ亜矢の名前を復唱し、四つあるドアの一つを示して、こう励ましてくれた。
「中に五十嵐代表がいます。 笑わない人ですけど、実は親切ですから、緊張しなくて大丈夫ですよ〜」


 指定されたドアを開き、挨拶して中に入ると、顔を上げた瞬間、まず長い脚が見えた。
 二つあるデスクの一つに立ったまま寄りかかり、軽く足を交差させていて、手にはファイルを持っていた。
 これが五十嵐社長……
 彼が立っていて、前にも椅子がないので、亜矢はどうしたらいいか迷った。 それでもきちっとドアを閉め、四歩進んで、社長から三メートルほどの距離で止まり、自己紹介した。
「古藤亜矢です。 この度は臨時の面接をしてくださって、ありがとうございます」
 五十嵐はファイルをデスクに置き、腰を浮かせてまっすぐ立った。 そして、思いがけないことを言った。
「こちらこそ応募してくれてありがとう。 さあ、こっちへ座ってください」
 そう言われて部屋の左横を見ると、小ぶりながら粋なデザインの応接セットが置いてあった。
 座るとすぐ、五十嵐はてきぱきとファイルから書類を取り出して、楕円形のテーブルに並べた。
「履歴書、杉原教授の推薦、応募実績、どれも優秀」
 それから彼は目を上げ、亜矢に視線をぴたりと合わせた。
「すぐ働いてもらえますか?」


 亜矢は、口をぱくぱくさせた。
 まだ挨拶しかしていない。 何の質問もなく、いきなりオーケーなの?
「仕事にきちんと取り組み、納期を守る。 それだけは厳守してください。
 せっかく来たんだから、どんな機器を使ってるか教えましょう。 メモ取って。 写真撮ってもかまいませんよ」
 そう言うなり、彼はスッと立ち上がると、壁の小さな窪みに手をかけて、両側に開いた。 中には長いデスクがもう一つ設置してあって、コンピューターとグラフィック用機器、それにスクリーンが、ずらりと並んでいた。









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