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戻れない橋  5 つづく日常



 週末を経た月曜日、亜矢は摩湖を誘って、学校の帰り道に少し遠回りして交番の前を通った。
 そして二人して、外の掲示板に張り出してあるポスターをじっと眺めた。
 先に感想を述べたのは、摩湖だった。
「よく似てるね」
 亜矢は目を細めて、もう少し観察した。 確かに面影はある。 でも、そっくりとはいかなかった。
「死んじゃった顔見て描いたにしてはね」
「うわー、こわっ」
 死んで冷たくなって、怖がられる存在になっちゃったんだと思うと、亜矢は胸が痛んだ。
「家族が探してて、ここ通って気がつくといいね」
「それか、友達とか」
 二人は何となくげっそりして、顔を見合わせた。 あんな死に方をした人に、まともな友達がいるんだろうか。


 家に帰り、宿題を終えた後、亜矢はふと思いついて、スケッチブックを出した。
 物心ついたときから、絵を描くのが大好きだった。 小学校の図画の先生とは相性が悪く、けなされてばかりいたが、それでもめげなかった。 バランスが悪くたって、実物とちがう色を使ったって、そう見えたんだからしかたがない。 楽しいから描くという姿勢を、両親も応援してくれていた。
 市立中学に上がると、事情は変わった。 今度の先生は大らかで、細かい色使いや構図に文句は言わず、亜矢の表現力と独創性を褒めてくれた。 だから、ますます絵が好きになり、四月からは毎日のように何かスケッチしていた。
 半分ほど埋まったページを繰り、白い紙を見つけ出して、亜矢が線を引いたのは、パツキンさんの顔だった。 それも特に、子猫を手に載せてくれた瞬間の、どこかいたずらっぽい目の輝きを、何とかして再現したかった。


 夢中になっているうちに、すぐ一時間が過ぎた。 そろそろ夕飯の支度をする時間だ。 一人っ子の亜矢だが、そのため甘やかしてはいけないという両親の方針で、家事手伝いはきっちりやることになっていた。
 亜矢は立ち上がる前にもう一度、描いた似顔絵をじっくり見た。 似ていると思うが、今は気持ちが高ぶっているからそう感じるだけかもしれない。 でも、警察に出ている似顔絵よりは、実物に近いと思った。
 そっとスケッチブックを閉じて引き出しにしまうと、亜矢はひとまず階下に降りていった。




*  *





 その後、亜矢と摩湖は劇的な事件に遭遇することはなく、順調に中学生活を過ごし、別々の高校に入学した。
 それでも家が近所だから、付き合いは続いた。 愛らしい顔立ちをした摩湖には、高一の夏にすぐ、宇崎〔うざき〕というカレシができ、亜矢も紹介された。 その宇崎くんの友達の佐々木〔ささき〕くんが亜矢に夢中になるというおまけがついて、ダブルデートで一ヶ月ほど付き合ったが、結局、亜矢たちのほうは続かなかった。
 佐々木は感じのいい子で、まじめなのに、なんだか話していて気まずい。 趣味が合わないんだと亜矢は割り切った。 しかし、一コ年上の佐々木は、とても残念そうで、年末にはわざわざクリスマスカードを送ってきて誘った。
 それを見たとき、亜矢の心も動き、また会ってみようかなと考えた。 でも、親たちが久しぶりに外でごちそう食べようかと誘うと、そっちのほうが魅力的で、佐々木にカードのお礼は書いたものの、会うという返事をするのは止めてしまった。








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