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道しるべ  264 一族に戻る


 三日間様子を見て、ジョニーが旅の疲れも見せずはつらつとしているのを確かめてから、イアンはトムに付き添って山脈を越えた。
 目的地はランカシャーのプレストン近郊だった。 そこに伯父の一人が領地を持っているという。 山越えの後、ようやく一族の苗字を教えてもらって、イアンはびっくりした。
「ドゥマイヤンだって? あの名門の?」
 トムはなぜか、きまり悪そうになった。
「うん、そうらしい」
「うわっ、俺のほうがおじけづいてきたよ」
 半ば冗談でそう言うと、トムは本気で青くなった。
「やっぱり、おれじゃ認めてもらえないかな」
「そんなわけあるか! おまえはもともと正式な息子なんだ。 堂々と行こうぜ」
 イアンは慌てて、気の優しすぎる親友を励まし、馬を進めた。 二人は実戦を経験した腕があるから、この短い旅には供の者を誰も連れてきていなかった。


 ランカシャーに入ると、もう道を訊くまでもなく、ペンリー伯ランドルフ・ドゥマイヤンの構える灰色の巨大な城が視野に入ってきた。
 薄曇りの空の下、晩春の曲がりくねった道を走って、二人は落とし戸つきの頑健な城門の前に立った。


 すぐに、上の城壁から衛兵の声が降って来た。
「誰か? 名を名乗れ」
 トムは馬を一歩進ませ、澄んだよく通る声で応じた。
「トマス・ドゥマイヤンが来たと、領主殿に伝えてくれ」
 ドゥマイヤン、と小声で繰り返した後、衛兵は態度を一変させた。
「はいっ、ただちに!」
 横でイアンはにやりとした。 トムは、やるときにはちゃんとやるのだ。
「いいぞ、その調子」
 トムは振り返って、弱音を吐いた。
「なんだか汗が出てきたよ」
 そう言い終わったとき、大門が不意に動き出した。 そして、中から上等な黒の長上着をなびかせた背の高い男性が、大股で歩み出てきた。
 彼は、急いで馬から降りるトムを見て、満面を輝かせて両腕を広げた。
「トマス! やっと来る気になったか!」
 トムは胸に手を当ててお辞儀しようとしたが、その前に男性に遠慮なく引き寄せられた。
「おお、また大きくなったようだな。 うちの一族はポプラの木のように天めがけて伸びるのだ」
 どうやら男性は、領主ランドルフ・ドゥマイヤンその人らしかった。 彼も相当な大柄で、トムよりほんの少し低いぐらいだった。
 嬉しげにトムの腕を取って向きを変えようとして、ランドルフはイアンの存在に気付いた。
「これは……もし失礼なら詫びるが、ワイツヴィル伯爵によく似ておられるようだが」
 そう言われても、もうイアンは腹が立たなかった。 礼儀正しく一礼すると、穏やかに自己紹介した。
「息子のイアンです。 つい先日、アレスベリー男爵を賜りました」
 ランドルフは膝を叩いた。
「そうだ! 戦場でのご活躍は聞いておりますぞ。 モンタルヴィの奥方との熱いロマンスも。 わたしは膝を悪くしてフランスに行けませんでしたが、甥が参戦しまして、貴方とトムの勇敢な戦いぶりを語ってくれました。
 それにしても、美貌で知られたお父上とあまりに似ておられるので、初対面とは思えない。 さあどうぞ入ってください。 大歓迎いたします」















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