表紙目次文頭前頁
表紙

道しるべ  265 無事に帰還


 トムの盛大なお披露目〔ひろめ〕の宴会が開かれたのは、到着のわずか四日後だった。
 ランドルフ卿の正式な甥と認められた後で、彼の跡継ぎと決定されたため、滞在日数が少なくても、できるだけ早急に近隣諸侯や親類筋へ紹介しなければなかったのだ。 以前ランドルフがワイツヴィルまでわざわざ足を運んだのは、成人前に亡くした息子の代わりがトムにできるかどうか、見極めるためでもあった。


 急いで使いをあちこちに飛ばしながら、ランドルフは上機嫌だった。 がっちりしていて叩いても死にそうにないトムだけでなく、貴族でグランフォート領の跡継ぎのモードまで義娘として手に入ると聞いたからだ。
 ランドルフはイアンの口から、モードがトムに首ったけだと聞いて高らかに笑い、甥の背中をどやしつけた。
「色男め! レディ・モードも評判の美女ではないか。 うまくやったな!」
 トムは、努力して笑顔を返した。 彼はある事実を聞いて、気持ちが沈んでいた。 彼を神に捧げた母は、一昨年に尼僧院で静かに世を去っていたのだ。
 もうあの子は神のものです、と言い、決して会おうとしなかったという母ではあったが、その夜、トムはペンリーの城の礼拝堂に入り、夜明けまで一人で祈りを捧げた。



 こうして、当初の予定より二日遅れで、イアンとトムは祝宴もそこそこに馬に飛び乗り、大急ぎで再び山越えをした。 日にちが延びると、両方の大切な連れ合いに余計な心配をかける。 体調が微妙な時期だけに、二人の若者の気は焦っていた。
 そして、彼らの心遣いは報いられた。 埃にまみれてワイツヴィル領内に走りこんでしばらくすると、赤と緑の制服に身を固めた城の衛兵が三人、やはり馬に乗って駆けてきて、二人を囲むようにして後についた。
 その一人が、風を切って進みながらイアンとトムに呼びかけた。
「モード様に言われました。 すぐ迎えに行って無事にお城に連れてくるようにと。 モード様とクラリー様は、ここ数日ご心配で、中央塔の窓からお二人の姿が見えるのを心待ちにしておられました」
「彼女たちは城に?」
 イアンが尋ねると、兵士はすぐに返答した。
「はい。 殿様がレディたちの警護を心配なさって、お城に招いたのです」
「元気なのか?」
「はい、とてもお元気で」
「よかった!」
 トムが、深い溜息と共に呟いた。
 彼と並んで馬を駆りながら、イアンは半日前にワイツヴィルと書かれた道しるべを道端に発見したとき、どんなに胸が広がったかを思い出していた。
 戦場から戻り、船着場を降りて街角に立つ大ざっぱな地図を見てワイツヴィルの字を見つけた日、こんな嬉しい気持ちはまるで湧いてこなかった。 ただ、深い疲れと僅かな安心感があっただけだ。
 それが今では……。
「故郷って、ただ育った場所というだけじゃ駄目なんだな」
 イアンは、噛みしめるように呟いた。
「そこに、迎えてくれる大切な人がいなければ」


 こうして五人は、土煙を立ててワイツヴィル城に到着した。 すぐに表玄関からモードが走り出してきて、文字通りトムに飛びついてぶらさがった。
「お帰りなさい!」
 一杯の笑顔でしっかりと抱きとめながらも、トムは心配して小声でたしなめた。
「そんなに飛び跳ねると危ないよ」
「平気よ〜、病気じゃないんだもの。 それより山越えしたあなたの体のほうが心配だわ。 ねえ、旅はどうだった?」
「それが意外な展開になって」
 トムがモードとべたべたもつれるようにして城内に入るより前に、イアンは馬の手綱を係に投げて、玄関を小走りに通り抜けた。
 正面階段まで行ったところで、降りてくるジョニーが目に入った。 イアンは走り出し、段の途中で妻を抱き止めた。
「ただいま」
 ジョニーは、少しふっくらとなった体を懸命に伸ばして、夫の背中に腕を回した。
「お帰りなさい。 無事でよかった」
「もちろん無事さ。 君と子供がいるのに、危険な目になんか遭うものか」
「でもやっぱり心配だったわ。 二日延びたし」
 イアンはジョニーに愛を込めてキスし、旅が長引いた理由を語った。
「そういうわけで、トムはペンリー領を継ぐことになったんだよ」
「よかったわ。 だから前に迎えに来たのね。 でも」
 そこでジョニーは言いよどんだ。
「二人が山の向こうに行ってしまうのは、寂しいわね」
「確かに」
 だが、寂しさを感じても前ほどでないのに、イアンは気付いた。 今、彼には最愛の妻がおり、大事にしてくれる両親がいる。 やがて子供が生まれ、家族が増える。
 思春期は過ぎ去ったのだと、彼は実感した。 孤独と不安と冒険の日々は、過去のものになった。 それはそれで一抹の心残りはあるが、よって立つ人生の土台がしっかりと定まったことで、深い安心感が心を満たした。
 トムもきっと同じように感じているだろう。 愛し愛されることを誰よりも必要としている、優しい男だから。
「手紙を書こう。 それに、みんなの生活が落ち着いて気候が良いときに、きっとまた旅に出られるよ。 縁がなくなるわけじゃない。 ずっと大事な友人だ」
「ええ、そうね」
 手を取り合って、二人はトムとモードが近づいてくるのを待った。 そして、並んで城主カー伯爵の待つ大広間へ向かった。
 両開きの扉が開くと、高い窓から光が燦々〔さんさん〕と差し込んで、白大理石を敷いた床が明るく輝いた。
 部屋一面に満ちた輝きの中に、二組の恋人たちは活気に溢れた足取りで入っていった。



[完]












長い話を読んでくださって、ありがとうございます♪


ご感想を書いて頂けると嬉しいです☆
その際は、どうぞコチラへ。





表紙 目次 前頁 ご感想頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送