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表紙

道しるべ  1 騎士の訪れ


 イアンは森の中を歩いていた。
 いや、正確を期すなら、忍び歩いていたと言うべきかもしれない。
 地面は落ち葉で荒れ、木々の根元は苔むし、蔦の密集した倒木に蛇が我が物顔に巣食っているとはいえ、このランズの森にも持ち主はいた。 狭い国土は隙間なく、誰かの領地として切り分けられている。 そして領主は例外なしに、自分の土地を抱え込んで立ち入り禁止にしていた。


 だらりとした灰色ウサギを二羽、腰のベルトにしっかりとくくりつけると、イアンは辺りに気を配りながら、大きくジグザグに進路を取って進み出した。
 ずいぶん背が伸びたとはいえ、まだ大人の半分ほどの体重だから、地面に足跡が残りにくい。 それでも用心して、まっすぐ森を抜けることはしなかった。
 今日は森番のスタークスの気配は感じられなくて、イアンは余裕で獲物を回収した。 だから、ようやく森の縁まで来たとき、がやがやと人の気配がしたのには驚き、すばやくクヌギの木陰に姿を隠した。


 人声は遠ざかるどころか、どんどん近づいてきた。 しかも、スタークスの大声が真っ先に聞き取れるようになった。
 イアンが用心しつつ首を出し、前の崖下を見張っていると、やがてスタークスのがっちりした姿が見えてきた。 彼は、茶色の馬の轡を引いていた。
 なかなか立派な体躯の馬だった。 そして、乗っている男も大きく、羽根飾りのついた紺色の帽子を被り、ビロードのマントをゆったりとまとっていた。
 男の後ろには、三頭の馬が付き従っていた。 小柄な馬を、後の二頭が庇うように挟んで移動している。 小さな馬に乗っているのは、ふわりとしたスカートから見て、女の子だった。
 どこかの騎士と、その娘か── 一行がスタークスの道案内で、崖下の道を粛々と移動していくのを、イアンは表情のない眼で見送った。




 家に帰り着いたのは、日暮れて周囲が色彩を失い、灰色の影に変わってからだった。
 扉の横棒を外して開くと、かすかにきしむ音がした。 イアンは、暖炉にかけた大鍋をかき混ぜている母に近づき、二羽のウサギを高く掲げてみせた。
「これで芋とカブだけじゃなく、ちゃんと肉の入ったシチューが作れるよ」
 母のウィニフレッドは長い棒から手を離して、大きな眼でウサギを吟味した。
「罠にかかったの?」
「そうだよ。 弓でも採れるけど、罠のほうが確かだから」
 母は頷いた。 密猟を咎めはしない。 止めたら母子二人が食べていけなくなることを、よく知っているからだ。
 ウサギを母に託すと、イアンはすぐ扉に戻って手製の蝶番を調べ、歪みを直した。 作業の間、ぽつぽつと母に報告しながら。
「今日はスタークスを見たよ」
 ウサギを処理していた母の手が止まった。
「捕まりそうだったの?」
「いや。 崖の小道で、上等なマントを着た男と子供を案内してた」
 ほっとして、ウィニフレッドはまた手を動かし始めた。
「そう。 あの道だと、きっと領主のお館を訪ねてきたのね」





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