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道しるべ
260 春になって
その年は雪が少なく、イアンたち一行がまっしぐらに家路についたとき、障害は降雪よりむしろ、時たまの強風と大雨だった。
急ぐといっても、初めて順調な懐妊をしたジョニーの身が一番だから、一行は移動時間を小刻みにして、夜は早く寝支度した。 いろんな設備のある町に泊まるときは、部下たちを遊びに出したが、イアンはほぼいつもジョニーの傍にいて、買い物も食事も一緒に行った。
大金を出して買った馬車の車輪が、そろそろ傷んできた頃、一行はリーズの町が見える低い丘の上に、ようやくたどり着いた。
あと5リーグ(≒24キロメートル)足らずで、ワイツヴィルだ。 強そうな若者たちの守る馬車は盗賊に襲われることはなかったが、それでも旅人たちは無事に帰りつけたのを心底喜び、春の気配が濃くなった四月初めの景色をしみじみと眺めた。
もう毛皮のマントを着ていると汗ばむほどだった。 鞍の上で背を伸ばして、緑の多い平原を堪能していると、馬車の窓からジョニーが覗いて話しかけてきた。
「そよ風が気持ちいいわね」
イアンは振り返って笑顔を見せた。
「降りてみるかい? 下がでこぼこしていて足元が心配だが」
「もう平気よ、たぶん」
そう答えると、ジョニーも輝くような笑みを返した。
「もうじき七ヶ月になるわ。 赤ん坊はしっかり安定していて、気分が悪くなることもないし」
訳知り顔のユージェニーが、もう片方の窓から目を光らせて口を入れた。
「後は早産を防ぐだけです」
この言葉にぎょっとなったイアンは、やっぱり抱いてジョニーを馬車から降ろし、しっかり手を握って支えながら、下の雄大な様子を見せた。
「おれにとっては見慣れた懐かしい景色だが、君にとってはどうかな?」
手を強く握り返して、ジョニーは答えた。
「私にも、ここはもう一番大事な故郷よ。 あなたは初めて私に家庭を用意してくれた。 そんな素敵なものがあることさえ、私は知らなかったの」
大貴族の城では、ままあることだ。 父親は子に関心を持たず、母親も社交生活に気を取られて、子供達を召使に任せっぱなしにするのだ。 イアンは思わず、幼児のようにジョニーの頭を撫でて慰めたくなった。
こうしてひとしきり休んだ後で、乗れる者は馬に乗り、後は馬車に落ち着いて、一行は最後の短い旅に出発した。
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