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道しるべ  259 すぐ故郷へ


 こうなったら名所見物も何もない。 イアンはさっそく帰り支度にかかった。
 貴族認証式で親しくなった数人の貴族や騎士が、もう少し残って一緒に楽しもうと引き止めてきたが、イアンの決心は変わらなかった。
「あんまりここにいる期間が短いと、すぐ忘れられてしまうよ。 ずっと国王のお気に入りでいたいだろう?」
 明るい性格で気さくなドットウェル子爵にそう忠告されたとき、イアンはあっさりと答えた。
「確かに嫌われたくはないが、特に目立ちたくもない。 田舎で静かにひっそりと暮らすのが、妻とわたしの願いだ」
 驚いて、ドットウェルは口をぽかんと開いた。
「おいおい、君……君たちほど目立つ夫妻が他にいたか?」
「派手に着飾るのは一生に一度でたくさんだ」
 イアンは苦笑いした。
「王様がこの国を護りたいのと同じに、わたしも自分のささやかな領地を大事に守っていきたい。 都で浮かれていて、戻ってみたら住む家もなくなっていたというのは嫌だ」
 プッと吹き出して、ドットウェルはイアンの背中を叩き、帰りを祝福してくれた。
「それじゃ、旅の無事を祈るよ。 またこっちへ出てくることがあったら、ぜひ誘ってくれ」
 二人は腕で握手して、気持ちよく別れた。




 ほとんど荷解きをしていなかったため、帰りの荷造りは簡単だった。 もともとヨークシャー人は、ケチで抜け目がないと陰口をきかれるほど質実剛健だと言われている。 イアン自身も部下達も、町の華やかさに憧れていた侍女たちでさえ、物価の高さと人ごみにはそろそろうんざりしていた。 やはり古里が一番だ。
 ただもう一つだけ、イアンは高価な買い物をした。 それは最上等の中型馬車で、クッションがよく効き、悪路でもそんなに跳びはねないよう丁寧に作ってあった。
 その馬車を牽くため、よく訓練された馬たちも買って、イアンは急いで宿屋に戻った。 そして、着ぶくれするほど厚地の服に毛皮のブーツとマントを重ねたジョニーを、新しい馬車に抱き入れた。
 上等な木を使った内装を、ジョニーは目を丸くして眺め回した。
「うわ、何て豪華なの!」
 隣に並んで乗り込むと、イアンは毛の膝掛けでジョニーの脚をくるんでやった。
「クローリー伯爵が特別注文で作らせたが、賭博で大負けして、受け取らずに踏み倒したそうなんだ。 始末に困っていた馬車屋が、半値で譲ってくれた」
「それでもすごく高そう」
「君をボールのようにぽんぽん弾ませるわけにはいかないからな」
 イアンはこともなげに答えた。












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