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道しるべ
257 素晴らしい
ジョニーは本当に疲れていて、揺れる馬車をものともせず、深い眠りに落ちた。
その熟睡ぶりは、馬車がとうとう宿屋の前に止まってからも目覚めなかったほどで、イアンは妻を抱き降ろし、そのまま二階の部屋まで運んでいった。
翌日は従者や御者も交えて、みんな寝坊した。
昼前になって、ようやく起きあがったイアンは、隣のジョニーがまだ体を丸めて寝ているのを見て、少し心配になった。
「ジョニー? ジョニー!」
少し揺すってみたものの、彼女は目も開けない。 これは疲れただけではない、どこか悪いのだ、と気付いたとたん、膝が抜けるほど心配になった。
宮殿の門を囲んでいた難病患者たちが思い出された。 あの連中や他の町者が、旅疲れのジョニーに病をうつしたのだとしたら!
イアンはいても立ってもいられなくなった。 手近にあった服を手当たり次第に着込むと、イアンは小間使いたちがいる隣の部屋をドンドンとノックし、開いたとたんに叫んだ。
「ユージェニー!」
いつものように、ユージェニーは落ち着きはらって取りすました顔で、悠々と奥から出てきた。
「御用でしょうか?」
「ジョニーがどうしても起きない! きっと気分が悪いんだ! もしかすると病気かも……!」
ユージェニーは口をすぼめてから、イアンを戸口から押し出すようにして自分も廊下に出ると、後ろ手で扉を閉め切った。
「実は、いつ申し上げようかと思っていたのですが」
「何でもいいから早く言え!」
イアンは逆上ぎみに叫んだ。 するとユージェニーは、珍しいことに目を細めて、薄く笑った。
イアンはたじたじとなった。 女同士でいてさえめったに笑わないユージェニーなのだ。 まして気の合わないイアンに笑みを見せるなんて、普段の彼女からは考えられなかった。
「なんだ、その笑顔は」
「おめでたいことだからです」
ユージェニーは胸を張って答えた。
「旅の途中で、そうではないかと気がつきました。 でも前とは違ってお元気そうだし、回りの目新しい景色などにお気を取られて、ご自分ではまったく気付いておられないようなので、そっとしておいたほうがいいと判断しまして」
まわりくどい。 これだけしゃべって、まだ本題にたどりつかない。 イアンは爆発しそうになった。
「いったい何だ! 何がめでたい」
そこまで言って、突然ひらめいた。 イアンが大きく息を吐いたのを見て、ユージェニーの微笑が更に広がり、本物の笑顔になった。
「おわかりですね? 前のときはいつも食欲がなくなってお痩せになったあげく、二ヶ月か遅くとも三ヶ月で流れてしまいました。 でも今回は、少なくとも四ヶ月の初めにはなっておられますけれど、あんなにお元気です」
驚きと喜びに、イアンの声がかすれた。
「だが……まだ目が覚めない」
「それこそ兆候です」
ユージェニーは力を込めて答えた。
「不意に眠くなるんです。 食べ物の好みが大きく変わることもあります。 昨夜はぐっすり眠られたんですよね? 悪夢にうなされたり寝汗をかいたりなさらなかったでしょう?」
いや、安らかにおれに抱きついて寝ていた──イアンは目を閉じて顔を上向けた。 胸の中に熱いものが広がり、まず何よりもジョニーのために幸せな気持ちがこみあげてきた。
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