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道しるべ  256 華麗な宴会


 社交界の決まりごとに詳しいニックの意見を容れて、イアンも妻と共にしぶしぶ正式な衣装を作ることにした。 仕立て屋に寸法を計られる最中は退屈で、しかもときどき針がささるという不愉快なおまけまでついたが。


 だが、我慢した甲斐はあった。
 ニックが注意したように、宮廷の大晩餐会と舞踏会は、地方領主のパーティーより更に豪華だった。
 その中でも、クリーム色の綾織に華やかな刺繍入りのスュルコ(長い袖なし上着)と上質な毛皮を張ったマントをまとったイアンは、本来の美男ぶりを余さず発揮して、居並ぶ貴婦人たちの目を奪った。
 彼女たちがうらやんだ新たなアレスベリー男爵夫人クラリー・ジュヌヴィエーヴ(=ジョニー)も、しっとりした深紅のベルベットに金と真珠の打ち紐をふんだんに飾り、大きな袖をバイヤスに絞った豪華なドレスが実によく似合い、優雅そのものに見えた。
 そして爵位授与式でイアンが肩飾りと剣を国王から賜った後、ジョニーは知り合いの貴族や夫人たちと旧交を温めながらも、初対面で祝いを述べに来た人々にも優しく応じて高ぶらないので、フランス貴族にしてはよくできた婦人だと人気者になった。


 舞踏会は深夜まで続いた。
 ジョニーは笑顔で、ひっきりなしに誘われる踊りにずっと参加していた。 だが、イアンは途中からはらはらして、彼女を見守った。 男たちに引っ張りだこになるのは自慢ではあるが、嫉妬も感じる。 その上、ふと見せる疲れた横顔が気になった。
 とっくに日付が変わり、そろそろ早起きの雄鶏が鳴き出す時刻になると、もう我慢できなくなった。 イアンはまだ楽団員を急きたてて踊りつづけようとする一団を掻き分けて、ジョニーの傍に行き、耳元に口をつけた。
「よくがんばった。 ここまで付き合えば充分すぎるくらいだ。 疲れただろう? 宿に戻ろう」
 見上げたジョニーの目に、安堵と感謝が浮かんだ。
「助け出しに来てくれるとわかってたわ。 新しい靴だから、すれて痛くなってきたの」
「それは辛いな。 じゃ」
 言葉より先に、イアンは素早く妻を横抱きにして、悠々と大広間を後にした。 背後から拍手や冷やかしの声が飛んだが、まったく意に介さずに。


 石畳をがたがたと進む馬車の中で、ジョニーはずっとイアンにもたれ、目を閉じていた。
「あのね」
「何だい?」
「あなた素敵だったわ。 身分の高い人たちが沢山いても、堂々と振舞っていた」
「へつらう必要がないからな。 宮廷でのし上がろうなんて思わないし」
「すごい舞踏会だったわね〜。 楽しかったけれど」
 そこでジョニーは小さく欠伸〔あくび〕した。
「実はずっと眠かったの。 今はもう我慢できないほどよ」
「寝なさい」
 イアンはジョニーの肩に腕を回して、やさしく言った。
「宿についたら起こしてあげるから」











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