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道しるべ  250 伯爵の本心


 イアンは頭を下げて、きちんと礼をした。
 それに対して伯爵は、まったく抑揚のない、何を考えているかうかがわせない声で、ゆっくり応じた。
「入って、扉を閉めろ」
「はい」
 言われたとおり、イアンはドアを閉めきり、再び向き直った。 すると伯爵が、すぐ前に立っていた。
 ぎょっとなって、イアンは息を呑んだ。 二人は容姿だけでなく、背丈までそっくりで、向かい合って立つと目の高さがまったく同じだった。
 鏡に映したように同じ形の瞳を見つめながら、伯爵はなおも単調な声で呟いた。
「おまえが生まれたと聞いたときは、嬉しかった。 なんでも教えてやろうと胸を躍らせた。 馬の御し方に剣の使い方、貴族としての礼儀作法も。
 だが、それは一つも叶わなかった」
 感情をむき出しにした言い方ではなかった。 それだけに、かえって内に沈んだ悔しさと慙愧〔ざんき〕の念が、低い地鳴りのようにひたひたと伝わってきた。
 そのとき突然、驚くような強さで、イアンは実感した。 この人は、父なのだと。 正真正銘、息子の誕生を喜び、その身をずっと案じていた実の父なのだと。
 きちんと足をそろえると、イアンは改まった調子で口を開いた。
「寛大なお申し出をむげに蹴って、申し訳ありませんでした。 非礼な態度を心よりお詫びいたします」
 伯爵は少しの間、イアンから目を離さず無言のままでいた。 それから不意に身をひるがえし、窓辺に去っていった。
 置き去りにされたイアンは戸惑った。 詫び方が悪かったのだろうか。 伯爵の気持ちはよくわからない。 何しろ、二人きりになったのさえ初めてなのだ。
 肩身の狭い思いで、イアンは立ったまま、伯爵の意思表示をじっと待った。


 ぎこちない沈黙が一分以上続いた後で、窓辺から声が聞こえた。 妙にこもった響きだった。
「こっちへ来なさい」
 イアンは言われるままに、上等なガラスの嵌まった大きな窓に近づいた。
  彼が横に並ぶと、伯爵は掛け金を外し、窓を開いた。 気温の低い日だったが、快晴なので明るい午前の日差しがたっぷりと差し込んできて、二人を包んだ。
 伯爵は腕を上げ、まるで撫でるかのように横へ動かして、丘や畑、森や崖の並ぶのどかな景色を指し示した。
「ようやくこの土地を、簒奪者〔さんだつしゃ〕から取り戻した。 しばらくは外地への遠征もないだろうから、ここをますます富ませ、護ることに専念できる。
 わたしの後は、おまえがあの賢い細君と共に管理し盛り立ててくれると思うと、いっそうやりがいが出てくるというものだ」
 イアンはよろめきそうになって、反射的に窓枠を掴んだ。 父は許してくれたのだ。 一言の叱責もなく。









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