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道しるべ  248 真の苦しみ


 金褐色の頭をうつむけて、イアンは考えこんだ。
 カー伯爵は自分の館に半幽閉状態にされ、愛する者から引き離されて、真っ暗な日々を過ごしていた。
 しかも、その苦境をひそかに自分の部下達に伝えることさえできなかったのだ。
 伯爵がほとんど何も知らされず、不安なときを過ごしている間に、彼の心の妻は騙されて無理に再婚させられ、危険な目に遭った。 その危機を何とか防いだのは、まだ幼い彼の息子だった……
 伯爵の苦痛と屈辱は、どれほどだったろう。 彼は恥じているのだ、と、イアンは初めて悟った。 息子に説明できず、話しかけるのもためらっているのは、申し訳なさと、男としての誇りの問題なのだと。


 再び顔を上げたとき、イアンの表情は変化していた。 どこか冷めた雰囲気が消え、これまではジョニーと二人でいるときだけ見せた柔らかい眼差しが、顔全体を明るく変えていた。
「では伯爵は、おれがホレスを倒したのを知っているんですね?」
 クリントは感慨深げにうなずいた。
「護衛と称したサー・ユーグの部下が、交代で見張っていたんだ。 奴らはウィニフレッド様が苦しんでも助けないように言い渡されていた。 しかし、死なせてはいけないとも言われていた。 だから、おまえのやったことを見逃した」
「伯爵は母にホレスを押し付けたわけじゃなかったと?」
「もちろんだ。 あれは、恋敵に夫をあてがって遠ざけようとするイザベル様のたくらみだった」
「そこまでやっても、病には勝てなかったんですね」
「人間の限界だな。 やはりさすがのイザベル様も、万能の魔女ではなかったんだろう」
 イアンは大隊長としっかり目を合わせた。 そして、晴れ晴れとした表情で、潔〔いさぎよ〕く言った。
「わざわざ話しに来てくださって、ありがとうございました。 これから館に行き、伯爵……父上に、これまでの失礼を詫びようと思います。 その結果がどうなろうとも、おれの責任ですから、明日の出発は変更しません」
 その言葉を聞いて、クリントの視線も和らいだ。
「よく決断した。 おれももう戻らなければならんから、一緒に行こう」
 イアンの肩を抱くようにして大広間から出ようとして、クリントはふと立ち止まった。
「そうそう、殿は館と呼ぶのを止めた。 軍備を整えて、今度こそ城と名づけ、もっと頑丈に立て直すそうだ」
 ようやく自分のものになった『城』だからな。
 イアンは素直な笑みを浮かべた。









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