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道しるべ  245 陰の火付役


 トムとモードが心を通い合わせている間に、ベントリー家にはもう一人、訪問者が現われた。
 それは、今でも形の上ではイアンの上司であるクリント隊長だった。


 いつものように愛馬ネロにまたがって門から入ってくると、クリントはガレスに丁重に迎えられて、玄関間に入った。
 荷物の山は少し整理されて、通り抜けの邪魔にならないよう窓の近くに積み重ねられていた。 クリントはその大きな塊を見ると、歯を見せて笑った。
「これはこれは。 すでに領主並みに豪勢な旅支度だな」
「どうぞこちらへ。 すぐ主人を呼んでまいります」
 ガレスはあたふたしながら家の奥に入っていった。
 クリントは大広間に足を踏み入れ、忙しげに行き交う使用人や騎士見習と声をかけ合った。 みな顔見知りで、誰もがクリントを敬愛していた。
「元気そうだな、ミッチ。 いつ出発なんだ?」
 少年は顔を真っ赤にして衣装箱を運びながら、元気な声で答えた。
「明日です」
「そうか。 じゃ、おれは今日来てよかったわけだ」
「地下牢に押し込めたフランス人どもはどうしてますか?」
 そう訊いたのは、好奇心でうずうずしているヘンリーだった。 クリントは暖炉の格子に片足を乗せ、赤い火を覗きこみながら、はっきりと答えた。
「騒いでるさ、当然な。 だがもう処分は決まった。 明後日にも領地から追放する。
 野盗になられても困るから、奴らの親玉がせっせと貯めた税金のピンはね分を、当座の生活費と旅費として渡してやることになった。 寛大な処分だ。
 ここからビヴァリー方面に行き、キングストン・アポン・ハルから船に乗れば、なんとか母国に帰り着けるだろう」
「サー・レオンとサー・ユーグもですか?」
 廊下から入ってきたイアンが、澄んだ声で尋ねた。
 クリントは炉柵から足を下ろすと、ずっと目をかけていた青年を太い眉の下から見据えた。
「あの二人は帰さない。 反逆罪で死刑が決まった」
 イアンはうなずいた。 当然だと思った。
「ヴィクターをけしかけたのは彼らですね」
「そうだ。 それともう一つ、重大な命令違反を行なっていたからだ」
 イアンのまっすぐな視線から目を離さずに、クリントは初めて、事実を明かした。
「ワイツヴィルの殿様は、イザベル様を奥方に迎える条件として、ウィニフレッド様とおまえに手を出さないこと、日常の暮らしに不自由させないことを約束させた。
 だが、イザベル様はサー・イアンたちと結託して、殿がおまえたちの世話をするために遣わした部下をこっそり始末し、ウィニフレッド様の夫に嘘を吹き込んでおまえ達を苦しめさせた」
 イアンは、ついと横を向いて、揺れながら輝いている炎を見つめた。
「伯爵は約束だけさせて、後を確かめなかったんですか?」
 とても信じられない、という冷めた口調に、クリントは語気を強めた。
「おまえは事情を知らない。 いいか、殿様はただ帰還したんじゃなかったんだ。 あの方はフランスで捕虜になり、地下牢でネズミの餌になる運命だった」









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