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道しるべ  243 旅立ちの前


 その夜は、歓送会をかねて相当豪華な晩餐となった。 エッシーは急いで料理を作り足し、ガレスは下男たちを使って、酒蔵からイアンが許すかぎりの酒壷を持ち出した。
 飲めや歌えの宴会を、トムも充分に楽しんだ。 ロザモンドはエッシーが整えたミルクかゆと野菜スープをたらふく平らげた後、機嫌よく寝入ったということで、トムはほっとしてくつろいでいた。
「それで、やはり明後日の朝に出発するのか?」
「そのつもりだ。 ロンドンは遠いし、ジョニーも一緒に行って、二人で町の見物や買い物をするから、けっこう長い旅になりそうだ」
 トムは含み笑いをして、ぴったり寄り添っている親友夫妻を交互に眺めた。
「どうやら結婚の誓い通り、一心同体になれたみたいだな」
「そうだ」
 イアンはあっさり認めた。 もう以前のこだわりはなく、素直に正直に物が言えた。
「それで、誰をお供に連れていくんだ?」
「ハンクとミッチ(=騎士見習たち)は行きたいだろう。 途中で二人の実家近くを通って、久しぶりに故郷の味を味わわせてやるつもりだ」
「それはいいな」
 そこでトムはテーブルを回っているジェニーににっこりして、スープのお代わりを頼んだ。
「おれはいつまでここにいられるかどうかわからないが、出て行くまでは荘園の世話を続けるつもりだ。 留守が心配なら、信用できる弓兵の仲間を呼んで守ってもらおう」
「ありがたい。 おまえにはいつも気を遣ってもらって、助かるよ」
 イアンはトムの肩を抱き、快い酔いも手伝って、強く揺すぶった。




 翌朝、屋敷はいつにも増して活気づいた。 男たちだけなら身の回り品を手早くまとめて、身軽に旅立つことができるが、優雅な奥方と侍女を伴って出発するとなると、準備がそれなりに大変だ。 衣装箱や包み、袋類が次々と階段を下ろされ、玄関は荷物が山積みになった。
 雇い人たちがばたばたしているそんな中に、モードがメアリを従えて、馬で乗り付けてきた。
「申し訳ありません、奥様。 通り道が狭くなっておりまして」
 ガレスが恐縮してあやまるのを、モードは手で制して、明るい笑顔を向けた。
「気にしないで。 イアンとクラリーが旅に出るんでしょう?」
「はい、お二人をお呼びいたしましょうか?」
「いいわ、後で挨拶に行くから。 ねえガレス、トムに会いたいんだけど、どこにいるかわかる?」
「はい」
 驚きの表情をうまく隠して、ガレスは答えた。
「二階です。 階段を上がって右の、三つ目の部屋で」
「ありがとう!」
 華やかな声を玄関広間に残して、モードは乗馬服のスカートをからげると二階に駆け上がった。









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