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道しるべ  242 幸せは皆に


 ジョニーが泣き止むまで、イアンはずっと彼女を膝に抱いていた。 そして、悲しみが薄れると、なんとか慰めて笑顔を引き出そうとした。
「ロンドンへは急いで行くが、帰りはゆったりできる。 どこか寄りたいところはないかい?」
 ジョニーは眉を寄せて考えた。
「ええと、ヨークの大聖堂とか……? イギリスのことは、まだよく知らないの」
「実はおれもだ」
 そう言って、イアンはくすくす笑った。
「じゃ、あちこち回れるように、君用の素直で乗り心地のいい馬を買おう。 新しい馬車も作らせるか」
「そんな贅沢をしちゃだめ」
 ジョニーはイアンに寄りかかりながらたしなめた。 もうぎこちなさはなく、心から信頼して、緊張を解いていた。
「あなたが本当は大金持ちだってばれてしまうわ」
「そうだな。 じゃ、小さくて君が隠せるものを買うことにしよう。 宮廷の貴婦人たちに見せびらかす首飾りとか、豪華なブロケードのガウンとか」
「ありがたいわ。 でも、一つか二つだけね。 私が一番嬉しいのは、あなたの気持ちだから」


 五分後、二人はほぼ暗くなった裏庭を縫って、手をつないで母屋に戻ってきた。
 あまりにも気分が舞い上がっていたせいで、イアンは途中で鼻歌を口ずさみ出した。 歌詞は知らなかったもののメロディーに聞き覚えがあったため、ジョニーも一緒にハミングを始めた。
 二人が声を合わせて歌いながら、裏口を勢いよく開けて入っていったので、広い厨房で忙しく夕食の支度をしていた女性陣だけでなく、横で火に当たりつつのんびりと農機具の手入れをしたり世間話に精を出していた男連中まで、びっくりして顔を上げた。
「おう、旦那様! 奥様も!」
 銀器磨きを手伝っていたガレスが、すっとんきょうな声を立てた。 日頃は落ち着いている彼でも、よほど驚いたとみえる。
 彼の妻で料理長のエッシーは、大鍋をかき混ぜながら顔中に笑みを広げた。
「仲のおよろしいことで」
 イアンも大っぴらに笑顔を見せて、広く開いた戸口から、気心の知れた部下たちを見回した。
「そうだ、ちょうどいい機会だから、ここで話しておこう。 おれは今度、男爵になることになった」
 一斉に歓声が上がった。 それでも皆、この喜ばしい情報をどこかで小耳に挟んでいたらしく、驚いた様子はあまりなかった。
「すぐ近くのアレスベリー領をもらえる。 豊かな土地だし、ここの二十倍はあるぞ」
 また喜びの掛け声が響いた。 何事かと騎士見習の少年たちが駆けつけてきて、すぐ祝いの仲間に加わった。









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