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道しるべ  241 悩みは深く


 立ち直る暇も与えずに、相手はジョニーの小さな身体を羽根のように持ち上げ、固く胸にたくしこんだ。
 そのころには、ジョニーにも相手の正体がわかっていた。 だから背骨がきしむほど抱きしめられても、嬉しさに目を閉じて、広い肩に額をこすりつけた。
「ジョニー …… おれのジョニー ……!」
 感きわまって、イアンはその言葉だけを、幾度も幾度もくりかえした。


 気持ちが少し落ち着いてから、イアンは妻を抱きあげたまま、耳元に囁いた。
「すまない、遅くなって。 手紙を読むのが遅れたんだ」
 目をつぶって彼の体温と肌触りをしみじみ味わいながら、ジョニーは囁き返した。
「いいの。 来てくれたんだもの」
「もうわかったね? おれには君が大事だ。 愛しいジョニー、君だけがおれの家族だ」
 愛という言葉を口にしたのは、イアンにとって初めてのことだった。


 すると、ジョニーはぶるっと体を震わせた。
 首が頼りなく揺れ、イアンの肩から胸に落ちた。
「私だけ……?」
「そうだ」
 ほとんどすすり上げるように、ジョニーは揺れる息を吸った。
「他にも欲しいでしょう? 後を継ぐ家族が?」
 

 イアンは目を上げた。 ロザムンドを抱いたトムの輝く笑顔が頭をよぎった。
「子供のこと?」
「ええ」
 息を凝らしている気配が、胸に伝わってきた。
 イアンはジョニーを降ろす代わりに、右腕を下にして横抱きにした。 そして、静かに問いかけた。
「何かがあったんだね? まだおれに話していないことが」
 ジョニーは深くうなだれた。
「ええ……」
 辛そうな声音で、だいたい見当はついた。 イアンはジョニーの頭を優しく胸に押し当て、息だけで促した。
「何を聞いても驚かない。 君をこれ以上悲しませるつもりもない」
「私ね」
 切り出してすぐ、ジョニーは涙声になった。
「前の夫の子を、二度流産したの。 あなた達がイギリスに渡り、なんとか叔父のところへたどりついた後に、また身ごもったとわかって……」
 驚かないと言ったイアンの腕が、固く強ばった。 ジョニーはとうとう泣きながら話を続けた。
「あなたの子がどうしても欲しかった。 叔父の屋敷で体を休めて、無事に産もうと用心に用心を重ねたわ。
 それなのに、やっぱり……」
 可哀想に!
 イアンの脳裏が、必死で彼の子を護ろうとしたジョニーのけなげで悲しい姿で一杯になった。
 ジョニーを抱いたまま、イアンはゆっくりと脚を折って地面に座り、膝の上に妻を座らせて、赤子のように揺すった。
 ジョニーは号泣した。
「私には産めないのかもしれない。 貴族になるのに、あなたの跡継ぎは望めないかも」
「未来の跡継ぎより、今の君だ」
 イアンはジョニーに覆い被さって、涙を唇で吸い取った。
「先のことはわからないし、人の力だけではどうしようもないこともある。
 希望を持って、叶うように願おう。 万一授からなかったにしても、手はいくらでもある」
 そこで彼は、邪気のない笑顔になった。
「モードは田舎に隠れて子供を産んだ。 逆だってやろうと思えばできる。 だがおれとしては、そこまで考えなくても、君と今までどおり暮らせれば、それだけで嬉しい。 君はどうだ?」









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