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道しるべ  237 隠れた痛み


 トムの笑顔が揺らいで消え、代わりに鋭い緊張が広がった。
「レディ・モードが?」
「おれはともかく、おまえはもう呼び捨てでいいんじゃないのか?」
 イアンは明るくからかった。
「いや」
 トムはいつもの彼らしく、まったく調子に乗らなかった。
「この子と彼女を守ると言っただけだ。 部下としてでも……」
「遠慮もそこまで行くと嫌味だぞ!」
 イアンは叫んだ。 ままならない自分の苦しさも込めて。
「行けよ、親戚のところへ! 跡継ぎを産まなかったレディ・モードは、これからいくらでも再婚できる。 もう父親の保護下にあるわけじゃないんだ。 今度取られたら、二度と逢えないぞ!」
 男の大声にきょとんとなったロザモンドを安心させるため、トムは小さな頭を手で包んだ。
「明日、彼女の気持ちを訊く。 それまではおれは勝手な希望は持たないし、おれの口からは何も言えない」
「わかったよ」
 イアンは顔を背け、いまいましげに床を見つめた。
「頑固者め。 肝心なときはいつも理詰めで譲らないな」
 ロザモンドはすぐ落ち着き、トムの肩に巻き毛の頭を載せて、こっくりこっくりしはじめた。 一方トムは、眉間に皺を寄せて、心配そうに友の顔をながめた。
「いらついてるのか。 館で何かあったか?」
 ハーッと溜息を吐くとすぐ、イアンはうなずいた。
「ありがたくも認知して跡継ぎにしてやるとさ」
「それでおまえは断った」
「もちろん」
 トムは顔をくしゃくしゃにした。
「自分はそんなことをしておいて、おれには親戚に頼れと?」
「立場が違うよ。 おまえの親戚はわざわざ探しに来てくれたんだろう?」
「なあイアン、前から言いたかったことがある」
 トムの声が低くなった。
「確かにおまえの父親は来てくれなかった。 だがもう一人、おまえを探して海を渡ってきた人がいるじゃないか?」
 イアンは激しく瞬きした。
「その前に、彼女は黙って去っていった」
「おまえ恨んでたのか?」


 とんでもない、と答えようとして、イアンは喉に言葉が詰まった。











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