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道しるべ
235 最後通告か
ジョニーが答える前に、イアンは再度口を切った。 先に言わずにはいられなかった。
「ロンドンはごちゃごちゃしているが、活気があって新しいものが沢山ある。 上等な絹や繻子〔しゅす〕で流行の服を仕立てられるし、遊技場や芝居小屋、それに舞踏会もしょっちゅう開かれている。 遊びを兼ねて、気持ちを休めに行かないか? きっと楽しいよ」
「そうね、楽しいでしょうね」
言葉とうらはらに気の乗らない口調で、ジョニーは囁くように言った。
「でもみんなが家を空けるのは心配だわ」
「ユージェニーに任せればいい」
声を大きくして答えてから、イアンはそれこそ名案だと気付いた。 めりはりの効いた強気のユージェニーなら、主人夫妻が留守の間でも、きっちりと家の中を取り仕切るにちがいない。
それでも元気のないジョニーを見ているうちに、イアンは耐えられなくなってきた。 じりじりと足の爪先を火であぶられるような焦燥感に襲われて、彼は妻を抱きしめる腕に力を込めた。
「もう決めた。 一緒に行くと。 トムにも言わないといけないな。 あいつがこれからどうするつもりかも訊かないと」
「まだわからないでしょう、明日にならないと」
イアンの肩に額をつけたまま、ジョニーは言った。
「モードが来て、二人で話し合うまでは」
「そうだな。 じゃ、出発は明後日にしよう。 二日あれば荷造りできるだろう?」
「イアン、聞いて」
ジョニーが勢いよく顔を上げた。 とたんにイアンは体を離し、戸口へ向かった。
「できるだけ急いでくれ。 そろそろ初雪が降りそうだ。 本格的に寒くなったら、長旅はきつい」
「イアン!」
ジョニーは必死で追いすがった。
「お願い、話を聞いて」
「こんなときに? 支度で忙しくなるし、留守の間の指示も与えておかなくちゃならない。 話なら向こうへ着いた後でゆっくりできるよ」
とたんに、ジョニーの愛らしい口元がわなないた。
「私が行っても無駄よ」
イアンは立ち止まった。
一挙に真冬が訪れたように、氷の冷たさが足首から膝へ、腰から胸へと這い上がってきた。
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