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道しるべ  233 訣別の挨拶


 迎えるだと……?
 ゴーディとヴィクターが相次いで消えた今、もう伯爵家には女子のイヴリンしか残っていない。
 そこで初めて、自分を抜擢しようと考えたわけか。 都合のいい跡継ぎとして。
 イアンの顎が心もち上がった。 眼に刃のような鋭い光が宿った。
 イヴリンを母の腕に戻して、二人をそっと遠ざけると、イアンは冷たい目をカー伯爵に向けて、彼の言葉を待った。
 伯爵は、少し離れたところから母子を見守っていた。 こうやって真正面から観察すると、顔の輪郭といい鼻の形といい、同じ鋳型で作ったように自分とそっくりだ。 イアンは自己嫌悪に陥った。
 男二人は、お互いに視線を外さなかった。 ほとんどまばたきもせず見つめあったまま、伯爵は低く沈んだ声で言った。
「遅ればせだが、おまえを嫡出子と認めようと思う。 知っての通り、母親と正式な婚姻を結べば、さかのぼって認知できるからな」
 イアンは答えなかった。 ただ無言で、次の言葉を待っていた。
 反応のないまま肝心な話に入らなければならない伯爵は、鉄の自制心にわずかなほころびを見せた。 声にかすれが入って、低く咳払いしたのだ。
「そうなれば、当然おまえはここを継いで……」
「おそれながら」
 イアンは大胆にも話を遮った。
「名誉ではありますが、そのようなことは望んでおりません」
 伯爵は口をつぐみ、ウィニフレッドは小さな悲鳴のような声を立てた。
「イアン!」
 イアンは母にちらりと視線を送った後、なおも丁重な口調を崩さずに続けた。
「わたしはこれからロンドンへ向かい、国王陛下の指揮下に入ります。 長年のご愛顧、ありがとうございました」
「イアン」
 肩で息をしながら、ウィニフレッドが彼の腕を掴んで引き止めた。
「あなたの知らないことが沢山あるのよ。 どうか話を聞いてから判断してちょうだい。 決してあの人はあなたを……」
「行かせてやれ」
 伯爵の重い声が、明るい控えの間に響いた。
 ウィニフレッドはいてもたってもいられない様子で、激しく夫に向き直った。
「でも約束したでしょう? この子は小さいときから私を守ってくれた。 かけがえのない子なのよ」
「そんなことはありません、奥方様」
 イアンの声は、すっかり他人行儀に戻っていた。
「お二人はこれからもお子様に恵まれるでしょう。 正統な跡継ぎもきっとお生まれになります。 それでは出発の支度がありますので」
 前に立ち尽くす領主夫妻に一礼すると、イアンは身を翻して、さっと部屋を後にした。










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