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道しるべ
225 元気な子供
副院長は口をへの字にして、脇へどいた。
それで、彼女の黒い服にすっぽり隠れていた幼児の姿が見えるようになった。
とたんに、イアンだけでなくトムも鋭く息を呑んだ。 茶色の巻き毛をした女の子は、少年時代のトムに驚くほどよく似ていた。
同じ部屋には、他に二人の子供がいて、イアンたちを珍しそうに奥から見つめていた。 だが、イアンたちが目を向けているのは、ロザモンドと名づけられた幼児だけだった。
やがてトムが一歩前に出た。 副院長は不愉快そうによけたが、幼児はくりくりした目を彼に向けて、じっとしていた。
「ロザモンド」
トムはそっと呼んだ。 そして大きな手をゆっくり差し出した。
子供と動物に、トムの穏やかな深い声は魔法のような効果を及ぼす。 このときも例外ではなかった。 トムが雲つくように大きいのに、ロザモンドはおびえもせず、小さな真珠のように並ぶ歯を見せて笑うと、マーガレットの花ぐらいしかない手を伸ばしてトムの指を掴んだ。
次の瞬間、トムは娘を羽根のように軽々と持ち上げた。 そして胸に抱きしめ、固く目をつぶった。
感動のあまり、彼が口をすべらせるのを心配して、イアンがうながした。
「さあ、一刻も早く戻って、モード様を安心させよう」
「そうだな」
低く呟くと、トムはすぐ身をひるがえして部屋を出た。 イアンも副院長に短く挨拶して後に続いた。
この子を連れて館には戻れない。 二人はひとまず、イアンの屋敷に戻ることにした。
小さな娘が落ちないよう、トムはロザモンドをマントにくるんで荷物のように体に結び付け、そっと馬にまたがって並足で進んだ。 彼の子はなかなか度胸がいいらしく、屋根のてっぺんに登ったぐらい高いところに持ち上げられても、泣き声一つ立てずににこにこしていた。
「落ち着いているな。 気丈な子だ」
そうイアンが言うと、トムはほれぼれと幼児の顔を覗きこみながら答えた。
「とても健康そうだ。 元気なら、俺はそれで充分だ。 もう決して離さない。 なあイアン、塩の金があってよかったと初めて思ったよ。 この子を幸せにするために使える」
それから彼は、真摯〔しんし〕な眼差しで親友を見返し、心の底から言った。
「ありがとう」
イアンは小さく頷き返した。 トムの深い喜びに水を差すつもりはないが、彼の思い通りになるとは限らないと注意する必要がある。 胸が痛んだ。
「子供が無事で見つかってよかった。 きっとあの意地悪そうな副院長は、礼金を取ってこの子を誰かに引き取らせようとしていたにちがいない」
「ぎりぎりだったんだな」
トムは顔をしかめ、身震いした。
「そうだ。 間に合って俺もほっとした。 可愛くて賢そうな子だから、貰い手は多いだろう。 いったん引き取られたら、連れ戻すのは至難の業だ」
一息置いて、イアンはやむなく切り出した。
「おまえが自分の手で育てたい気持ちはわかる。 でも、レディ・モードが子供を手放すとは思えないんだが」
トムは動揺しなかった。 ロザモンドからようやく目を離してまっすぐ前を見据え、強い口調で言った。
「彼女から奪ったりしない。 彼女がこの子を守り抜いたように、俺は彼女と子供の両方を大切に守る」
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