表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  224 子供の部屋


 セント・イザベルの院長は、一年前に昇格したばかりのシスター・ユージェニアで、まだ頬の赤い二十代の娘だった。 家柄がいいという理由で要職に就いたため、経験が足りず、今のところ実権は副院長に握られていた。
 シスター・ユージェニアは、地味ながら上等な机や書見台の置かれた部屋で、二人の若者を迎えた。
 頭を下げて挨拶を済ませると、イアンはすぐ話を切り出した。
「レディ・モードは館の階段から落とされましたが、不幸中の幸いでかすり傷ですみました」
 ゆったりした袖に隠した両手を胸の下で握り合わせて、若い院長は穏やかに言った。
「それはようございました。 神のおぼしめしに感謝いたしましょう」
「おっしゃるとおりです。 それで我々は、レディ・モードが内密にこちらへ預けていらっしゃる子供を、至急引き取りに伺いました」
 院長は驚かず、眉を上げて尋ねた。
「それはモード様のお頼みですか?」
「はい」
 本当は訊いていないが、イアンはきっぱり肯定した。 この尼僧院は、成り立ちからしてうさんくさい。 領主の跡継ぎゴードンの妻として、モードの秘密を引き受けたものの、いまやゴードンは亡くなり、モードも死んだと誤解されて、後ろ盾を失った子供の立場は危ういものになっていた。
 彼の返事を聞いて、院長は納得したらしい。 あっさりと先に立って歩き出した。
「では、こちらへ」
「ありがとうございます」
 イアンは歯切れよく応じ、トムと共に院長の後に従った。


 院長は傍仕えの尼僧二人を従えて、石造りの回廊を進み、本館の外れへと向かった。
 そこは小さめの中庭に面して、同じ大きさの部屋が幾つも並んでいた。 院長は尼僧の一人に顔を近づけて小声で尋ね、そのうちの一室の前で足を止めた。
「その子は、こちらで暮らしています」
「名前は?」
 それまで無言だったトムが、初めて口をきいた。 院長はちょっと驚いたように彼を見やったが、一応答えた。
「ロザモンドです」
 ロザモンド、と、トムは口の中で呟いた。 そして、心に刻みこむように、胸へ手を置いた。


 尼僧の一人が扉を開いた。 すると、見覚えある副院長が急いで顔を上げるのが目に入った。
 彼女のたっぷりした修道服に隠れて、子供の姿は見えない。 イアンはいらついて、院長の横をすり抜けるようにして中に足を踏み込んだ。
 その目に、実用本位の寝台の上に二つ並んだ包みが飛び込んできた。 どちらも持ち手がついている。 さてはあっという間に荷造りして、子供を他所に追い払おうとしていたらしい。
 怒りを押さえて、イアンは副院長に冷たい笑顔を見せた。
「これはいい。 ちょうど荷物をまとめたところですね。 我らがロザモンド嬢と一緒に持ち帰らせてもらいます」










表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送