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道しるべ  222 悲しい秘密


 トムは一瞬、背を反らして立ちすくんだ。
 だが、すぐ肩を落とすと、ゆっくり振り返って友を見上げた。
「そうだ」
 彫刻のような顔に亀裂が入って崩れた。 苦しみのためではなく、ようやく打ち明ける相手ができたという安堵のためだった。
 イアンは二段でトムに追いつき、並んで静かに下りていった。
「訊いていいか?」
 足元を慎重に見ながら、トムは呟くように答えた。
「どうぞ」
「愛しているのはわかった。 じゃ、なぜ近づかない?」
「一直線に来たな」
 トムは苦笑いを浮かべたが、すぐ消した。
「じゃ、こっちも素直に答えよう。 その理由は、子供ができるからだ」


 イアンは目を細めた。
 思ってもみなかった答えだった。
「子供?」
「ああ」
 トムの声が強ばった。
「子供だ。 おれの子。 一度も顔を見ないうちに、どこかへ消えてしまった最初の子のように」
 なんだと!
 驚きにしびれた頭で、イアンは過去を懸命に思い返した。 モードはいつもスタイルがよくて活発だった。 身ごもって体型が変わったことはまったくなかったが……
 そのとき、記憶がひらめいた。 ゴーディーとの結婚前、モードが引っ張りだこだった乙女時代、大貴族の息子との縁談がまとまりかけて、突然立ち消えになったことがあった!
「じゃ、おばさんのところへ遊びに行くと言ってしばらく留守だったのは……」
「父親のグランフォート子爵が行かせたのさ、無理やりね。 モードは子供の父が誰か、隠し通した。 俺が殺されると思ったからだ。
 代わりに彼女は、子供を犠牲にした。 生きているのか死んだのか、男の子か女だったのか、それさえ俺は知らない。 一度だけ訊いたが、教えてくれなかった」


 それから数秒間、二人は黙って石の階段を下った。
 単調な運動の中で、イアンは次第にもやもやとしたものを感じはじめた。 何かが記憶を刺激している。 子供と関わっている重要な何かなのだが……。
「あっ」
 イアンが突然、高い声を立てたので、トムは疲れた顔を上げた。
「どうした」
「トム!」
 イアンは引きつった表情で、トムの腕を掴んだ。
「急いで行くところがある! ひょっとすると、間に合わないかもしれない!」











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