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道しるべ  219 崩れた企み


 ヴィクターの顔がどす黒くなった。
 彼の口から、自分が浴びせられたような汚い罵り文句が飛び出す前に、カー伯爵は素早く進み出てモードを背後に庇った。
「これでおまえが兄嫁を殺害しようとした事実は明らかだな。 なにしろモード本人が証言したのだから」
 その言葉に続けて一瞬の間も置かず、伯爵は右手を掲げて合図した。 とたんにクリントの部下達が一斉に飛び出して、壁際のフランス部隊の前に立ちはだかり、剣を差しつけて制圧した。


 まばたきするほどの時間だった。
 またも意表を突かれたサー・レオンとサー・ユーグたちは、反撃もかなわず、じりじりと壁際に追い詰められた。
 狐のような顔をしたサー・ユーグが、悲鳴に近い声を上げた。
「これはいったい何の真似だ! いきなり我々に刃物を向けるとは、何という破廉恥な!」
「それはこちらの台詞だ」
 まったくひるむことなく、伯爵はよく通る声で言い返し、再度クリントに命を下した。
「そいつらの武装を解除し、東棟の地下牢に入れておけ」
「かしこまりました」
 クリントの、やけに嬉しそうな返答に続き、よく訓練された兵士たちはてきぱきとフランス人たちの剣を取り上げて、横の扉から連行していった。


 人のたてこんでいた大広間が、一度にがらんとなった。
 正面の出入り口近くに、後から入った人々だけが残り、事情がまだ飲み込めないままに顔を見合わせて、モードが生きていたという奇跡と、父と子が不倶戴天〔ふぐたいてん〕の敵のように睨みあうという状況をどう考えたらいいか悩んでいた。
 そんな空白のわずかな間、伯爵が後に残ったルイス副隊長と数人の部下に注意を向け、新たな命令を下そうとしたそのときに、ヴィクターが動いた。
 もともと痩せていて、その気になれば敏捷に立ち回れる。 その特性を利用して、彼は蛙そこのけに跳躍した。 そして、伯爵の背中の後ろからわずかに出ていたモードの手首を掴み、力まかせに引いて腕の中に捕らえた。
 はっとした伯爵が引き戻そうとしたが、一瞬遅かった。 ヴィクターはもがくモードを大蜘蛛のように腕で掴んで刃物を押し付けたまま、部下たちが連れ去られた横の戸口へ後ずさりしていった。
「そんなことをしても逃げられないぞ」
 伯爵が鋭く警告した。
 するとヴィクターは、醜く歯を剥き出して笑った。 もういつもの美男気取りなど、どうでもよくなっているらしかった。
「そうだろうな。 ずっとわたしが失敗するのを手ぐすね引いて待っていたんだからな? 貴様の魂胆〔こんたん〕は、子供のときからわかっていたんだ」
「それは逆だろう」
 不気味な穏やかさで、伯爵は応酬した。
「おまえの魂胆こそ、この城で起きたすべての不祥事の原因だ。 血を分けた兄をしりぞけ、自分が跡継ぎになろうと企んだことがな」











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