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道しるべ
218 幽霊の登場
ひどい豹変ぶりだった。 兄が死んでから少しずつ態度が大きくなっていたとはいえ、父にはいつも卑屈なほど従順だったヴィクターが、突然牙を剥いて反撃したのだ。
周囲は、サー・レオンも含めて愕然とした。
ただ一人驚いていないのは、悪口雑言を浴びせられた当の伯爵だった。 冷たいほど整った表情のまま、彼は今にも飛びかかりそうなヴィクターに、退屈そうな視線を浴びせた。
「そうやってすぐ興奮するから、しくじるのだ。 悪事は後始末が肝心だということを、誰もおまえに教えなかったようだな」
それから伯爵は、奥にある自分の椅子に向かって首を振った。
そこには当然、誰も座っていなかったから、本当に椅子めがけて合図したように見えた。 だがその頷きに応えて、二つ並んだ領主夫妻用の席の背後にゆったりとかかった床まで届く壁掛けが揺れ、一つの姿が幻のように現われた。
下座に立っていた若い兵士が、喉を締められたような声を立てた。
「……モード様……!」
広間全体が凍りつき、静まり返った。
確かにそれはモードだった。 帰ってきて着替えた藤色のドレスのままで、上に青のケープを羽織り、少女時代のように金髪を垂らして背中に波打たせていた。
彼女は生きていた。 右のこめかみに擦り傷があり、左足を少し引きずっていたが、大怪我をしている様子はなく、しごく健康そうだった。
だが、ヴィクターは彼女を見たとたん、雷に打たれたようになった。 両腕を曲げ、弱々しく上げて顔をかばいながら、悲鳴に近いうめき声を上げた。
「いやだ、来るな……! 許してくれ。 聖バーソロミュー様、どうかお助けください……」
「幽霊じゃないわよ、失礼ね」
モードはずけずけと言い返し、伯爵の隣に並んだ。
「前から油断ならない人だとわかってたけど、思った以上に陰謀家だったわね。 イアンに見せかけて呼び出すなんて」
「君は死んだんだ! 階段を凄い勢いで転がり落ちて」
「階段落ちは得意なのよ!」
モードは声を高めて、驚くべきことを叫び返した。
「あなたは私を掴んで、窓から放り出そうとしたんじゃないの! それじゃ絶対助からないから、階段まで何とか引っ張っていくのに必死だったわよ!」
それから目を怒らせて付け加えた。
「あなたがゴーディみたいに大柄じゃなくてよかったわ。 もっとも、ゴーディは絶対に私を殺そうとなんてしない人だったけど」
その嘲りを聞くと、ヴィクターは火のような息を吐いて、一歩前に出た。
「兄と比べるな!」
「比べてなんかいない。 それじゃゴーディに気の毒だわ。 彼はいい人だったし、頭も悪くなかった。 ユーモアがあって、彼なりに優しかった。 あなたなんかとは比べ物にならないんだから!」
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