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道しるべ  217 犯人を指摘


 伯爵はヴィクターから視線を離し、集まった部下達をぐるっと見渡した。
「ここではっきりさせておこう。
 わが義理の娘モードは、先ほど差出人の書かれていない手紙で呼び出されて西塔へ行き、階段から突き落とされた」
 そう言いながら、彼は手に握っていた紙を広げ、高く掲げてみせた。
「犯人は、この手紙を持ち去ろうとしたが、モードが掴んで放さず、ちぎれて半分がこうして残った」
 ゆっくり紙を降ろすと、伯爵は紙面にゆっくり目を通した。
 その間、落ち着かない沈黙が大きな部屋を支配した。 伯爵はじっくり紙を検分した後、黒ずんで光る眼を上げ、短く断言した。
「この字には、見覚えがある」


 部屋中が息を潜めた。
 これから伯爵の言葉で、犯人が名指しされる。 果たして……
 伯爵は、もう一枚の羊皮紙を懐から出し、両方を並べて前に押し出した。 そして言った。
「これはサー・レオンの字だ」
「何ですと!」
 怒声と共に、壁側の集団からサー・レオンが進み出た。 流行に従って髭をきれいに剃り、短髪にしている顔が、激情でレンガ色に染まった。
「わたしの字とどこが似ているというのです!」
「字体はわざと変えてある。 女のように細く優雅な手だ。 だが、ここを見ろ。 dの字が上に跳ねている。 そしてpの字は下に。 こんな書き方をする人間を、わたしは他に見たことがない」
 サー・レオンの赤ら顔が、瞬時に青ざめた。 どうやら彼は、自分の書き癖を自覚していなかったらしい。
 狼狽のあまり、彼は口ごもってしまった。
「そ……それでは、誰かがわたしの真似をして書いたのでしょう」
「いったい誰が真似できる?」
 伯爵は冷たく尋ねた。
「そなたが字を書くのは、わたしが報告書を要求したときだけではないか。 それも嫌々で、半月も遅れて届くというのに」
 サー・レオンはふくれて扉のほうに顔を背け、広間の張り詰めた空気が、一瞬ゆるんだ。
 だが、伯爵の次の指摘で、緊張は倍になって帰ってきた。
「そんなに辛い書き物を、そなたにさせることができるのは、一人しかいないな。 そなたが昔から守り慈しんできたイザベルの大切な忘れ形見しか」


 ヴィクターの頭が、勢いよく上がった。
 先ほどの父との会話で、すでに疑いは晴れたものと思っていた彼にとって、それは衝撃の指摘だった。
「父上! まさかわたしが愛する人を亡きものにする陰謀に加わっていたなどとお思いではありませんよね?」
 彼の眼には再び涙が湧き出ていた。 見るからにしおれた姿だ。
 しかし、今度は伯爵の同情はなかった。
「愛していたからこそ許せなかったのだろう? モードがおまえを嫌っていたことを」
「いいえ、決して嫌うなんて!」
 ヴィクターは口をわなわなと震わせた。
「モードはいつも親しくしてくれました」
「それは怒らせると怖いからだ。 何をするかわからない男だと、モードは警戒していたんだ」
「嘘だ!」
 突然ヴィクターは躍り上がった。 眉が髪の生え際まで届くほど吊りあがり、横に開いた口から犬歯が剥き出しになった。
「この嘘つきの蛇め! 二枚舌の腰抜け野郎! 母上をたぶらかしたときも、そうやって臆面もなく嘘を吐き散らしたんだろう!」











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